20.なんか来たガール
わたしが修道院に帰ることができたのは、すっかり日が落ちた夜遅くになってから。ここまでの事情を考えれば、日を跨ぐことにならなかっただけでも御の字です。
夕方頃に魔物の討伐に向かっていた騎士団の主力が引き返してきて、そこから一気に事態が解決に向かったと聞いています。まあ今件の原因究明やら何やらには、まだまだ長くかかるのでしょうが。
「つ、疲れた……」
肉体的にも精神的にも間違いなく人生で一番疲れた一日でした。
前世込みでカウントしても疲労度ナンバーワンの座は動きそうにありません。
終わってみれば大半の時間は騎士団の皆さんが築いた安全地帯に引きこもっていたので、身の危険を感じたのは最初に逃げ惑っていた時だけでしたが、怪我らしい怪我もしていない五体満足の身体ゆえお客さん扱いはしてもらえず容赦なく色々な手伝いに駆り出されておりました。
捜索部隊の面々が商店から拝借してきた食材を料理して配ったり、不安で泣いているお子様の相手をして慰めたり、お医者さんに指示されるまま怪我をされた方に薬を塗ったり包帯を巻いたり。
怪我の手当てに関しては、わたしが一発シバいたほうが多分早かったのでしょうが、流石に大勢の人目がある場所でアレをやるわけにも参りません。避難所に着いた時点で別れてそれっきりなのでマー君とはあれから会えていませんが、次会った時にでも探りを入れて場合によっては口封じを……ではなく、口止めをする必要もあるでしょうか。
「うーん、ビックリするほど大丈夫そうですね」
元より大して心配はしていませんでしたが、修道院の建物は普段とまるで変わった様子がありません。軒先に魔物のバラバラ死体が山と積み上げてあるあたり、一応は街と同じく襲われはしたのでしょうが、堅牢な石造りの建物と狂暴なる院長先生によって一匹残らず屍となったようで。
「りっちゃんさん、ご無事でしたか!?」
「はいはい、ご無事ですよ。クーちゃんや皆さんもお元気そうで何よりです」
避難所でお手伝いをしている時に軽く顔を拭ったりはしましたが、マー君が魔物に切られた時に大量の血を浴びただけあって、わたしは未だに全身血まみれの酷い格好です。それだけ見れば大怪我したように勘違いするのも仕方なし。
この血に関しては……避難所で怪我人の手当てを手伝っていた時に付着したとでも言い訳するしかないでしょうか。正直に説明したら禁を破ったことまで芋づる式に露見しかねません。
「ところで、ご飯って残ってたりします? いや、その前に身体を綺麗にして着替えるのが先ですかね。お風呂に入れればベストですけど、この際水浴びだけでもしておきたいところです」
避難先でお手伝いしながらチョコチョコつまみ食いしてたので、実はお腹はあんまり空いてないんですよね。なので優先すべきは入浴ないしは水浴び。ずっと我慢していましたけど、大量に浴びた血が固まって髪やら服やらゴワゴワと不快な感触となっておりまして。この修道服はもう洗濯してもダメかもしれませんね。
そうそう、お湯を沸かすのに結構な量の薪を使うので、この修道院で温かいお風呂に入れるのは週のうち半分ほど。それ以外の日は濡らした布で身体を拭うか、冷たい水を桶に溜めてきて豪快に浴びる形となるのですけれど。
「いやぁ、生き返りますなぁ……」
幸い、今日はお風呂の日。
魔物騒動があったにも関わらず、ここは被害が極端に少なかったせいで普段の生活パターンが守られていたようです。他の皆が入った後の残り湯ではありますが、時間がずれた分だけ浴槽を贅沢に独り占めできるという見方もできるでしょう。もちろん元日本人なりのマナーとして、湯舟に入る前に入念にかけ湯をして血を洗い流すのも忘れていません。
血液には結構な量の脂肪分が含まれているせいか、常温の水でいくら洗ってもなかなか落ちてくれないらしいんですよね。鉄臭い血の匂いがこびりついたままでは安眠できそうもありませんし、お湯が使えてラッキーでした。
「ふぅ、さっぱりした」
血を洗い流して清潔な寝間着に着替えたら、それだけでずいぶんマシな気分になりました。このままベッドに飛び込んで朝まで泥のように眠りたい……なんて、ささやかな願いは残念ながら露と消えることになったのですが。
「え、お客さん? こんな時間にですか?」
入浴と着替えを済ませて大部屋のベッドの上で厨房から拝借してきたパンを齧っていると、階下から何やら話し声が聞こえてきました。元より修道院への来客というのはさほど多くありませんし、それが就寝時間も間近という夜遅くともなれば尚更です。
街が魔物に襲撃されたばかりですし、もしや騎士団の皆さんが女所帯では不安だろうと気を利かせて臨時の見回りにでも来てくれたのでしょうか。この武闘派宗教団体の恐るべき実態を知らぬ方々であれば、それも無理からぬ発想です。
だとしても、対応に当たっているであろう院長先生か古株の先輩のどなたかが無事を伝えれば程なくお帰り願うことになるだろう、と。そんな風に他人事として考えていられたのはここまでのことでした。
「あら、なんだかお話が妙に盛り上がっているような?」
「誰が来てるの……えっ、王子様!? と、他にも誰か来てるの?」
距離があるので詳しい会話内容までは聞き取れませんでしたが、いつになくテンション高めに盛り上がっている先輩方の雰囲気と断片的に聞こえてくる言葉からして、訪ねてきた人物の正体は例の目からビームが出るオモシロ王子なのだとか。あと、他にも誰か一緒に来ているようですが。
「なんで?」
「さ、さあ?」
周りのベッドに腰かけている皆さんも揃って首を傾げるばかり。
もちろん、わたしにだって全然まったく分かりません。
そして、そんな混乱が冷めるのを待つ余裕すらないままに。
「ヘイ、金髪! アンタ、ちょいとツラ貸しな!」
「あのぅ、今日すごく疲れてて眠いので明日じゃダメですかね?」
「ハッハッハ、面白い冗談だこと!」
ワンチャン逃げられないか狙ってみるも、そんな要望が通るはずもありません。憐れ、善良な修道女たるわたしは、恐ろしい院長先生によってヒョイと肩に担がれる形で連行される運びとなったのです。




