18.バレなきゃ無罪ガール
わたしは、どんなにも彼のことを見くびっていたのでしょう。
他人を助けるためなら迷わず自分が身代わりになれる、なんて。
この時のマー君は紛れもなく尊敬に値する最高の騎士でした。
「ぐっ……う、あああああ!」
その上、肩から脇腹にかけて上半身を大きく切り裂かれているにも関わらず、腰の剣を引き抜いて反撃まで。咄嗟のことで魔物の反射神経でも反応できなかったのか、あるいは完全に死に体だと見た少年に反撃の力が残っているなど思っていなかったのか。残る命の全部を振り絞るようにしてマー君が繰り出した一撃は、見事に魔物の頸を落としていました。
あんなにも血が出ているのに。
どう考えても痛くないはずがないのに。
「よかっ……やく、そく……」
わたしを少しでも安心させようと思ったのでしょうか。
自身が流した血だまりに倒れる瞬間まで、彼は心からの笑みを浮かべていました。
「え、ちょっと……うそ」
魔物の奇襲からここまで、まだ三十秒かそこらといったところ。状況の急変に思考と感情が追いつかず、何かの冗談か夢かのような、どこか嘘くさい非現実感が脳裏を支配しかけていましたが、
パァン、と。
わたしは自分の両頬を力いっぱいに張って、痛みと衝撃で強制的に思考を現実へと引き戻しました。マー君が誰のために命を懸けてくれたのか。今ここでボンヤリしていたばかりに彼を死なせたとあらば、たとえ今日を生き延びたとしても間違いなく一生の後悔として残るでしょう。
「マー君、しっかりして! 息は……まだある、けど」
左の鎖骨あたりから右脇腹にかけて、上半身を斜めに走る大きな切り傷。
今も辛うじて生きている点から判ずるに心臓は無事のようですが、まったく安心できる状況ではありません。重要な臓器が傷ついていなくとも、この出血量では遠からず失血で死に至るでしょう。
「どうしよう、どうしよう……っ」
まずやるべきは輸血?
それとも臓器移植?
……バカですか、わたしは。
この世界どころか前世ですら簡単ではありません。
無いものねだりをしている場合ではないでしょう。
一か八か、騎士団の陣地まで彼を負ぶっていく?
それとも治療の魔法が使える人を探して連れてくる?
修道院まで駆け抜けて院長先生か先輩の誰かに来てもらうには、往復で何十分かかるでしょうか。しかも、現在はどこに魔物がいるかも分からない状況なのです。
いったい、どうすればマー君を助けられるのか。
絶望のあまり頭を抱えようとして、ふと、自らの両手が目に入りました。
◆◆◆
「ごめん、ちょっと引きずらせてもらうね」
何をするにせよ、あのまま屋外でというのはよろしくありません。
先程までいた商店の裏口から店内に入っただけですが、マー君の身体をズルズルと引きずって移動しました。ただ扉を閉めただけですし、血の痕跡を消す余裕などなかったので気休め程度にしかなりませんが、あのまま血の匂いに引き寄せられた魔物に囲まれたら二人とも確実に死ぬだけです。
あとはまあ、これから実行しようとしていることを、万が一にも誰かに見られたくないという個人的事情もありましたけど。
「きっと大丈夫……のはず」
ここ三年近くも修行していた毒手モドキ。特に見た目が変わったわけでもないですし、自分の両手に超常的な癒しの力が宿っているなど今でも信じ切れません。
それ以前に、その力を行使する許可も受けていないのです。
もし禁を破ったことを知られたら、あの院長先生は約束通りにわたしを再起不能にして修道院から追い出すことでしょう。ですが、それはつまり。
「ば……バレなきゃ大丈夫! バレなきゃ大丈夫!」
バレなければ無罪。
我ながら完璧な理論です。
当のマー君は出血多量で意識が混濁していますし、あとはわたし自身が馬鹿正直に明かさなければ秘密が明かされる心配は絶対にありません。多分、きっと、恐らくは。
なので、あと必要なのは覚悟のみ。
今更ながら、今にも呼吸が止まりそうな死にかけの人間に容赦ない打撃を打ち込むことに疑問がないわけではないのですが、もう迷っていられる余裕もありません。
残された時間は一分か二分か。どんなに長くともマー君の命が保つのは五分以内というところでしょう。こうしている今も、一秒ごとに彼が助かる可能性は目減りしつつあるのです。
「痛かったらごめんね。せぇのっ……キィエエエィッ!」
普段の修行で習ったことをそのままに。
裂帛の気合と奇声と共に、わたしは死にかけの少年に拳を打ち下ろしました。
願わくば、これがトドメになりませんように。




