16.転がるガール
「お、お邪魔します」
目に付いた民家に窓から侵入し、裏口の戸を薄く開けて出て行っても大丈夫そうかの見極めを。やっていることは泥棒みたいなものですが、状況が状況なだけに仕方ありません。
すでに住人は避難したのか、王子様と別れて以降、何軒かの建物内を通過しても誰とも遭遇していないのは果たして良いのか悪いのか。いきなり惨殺死体を目撃したら平静を保てる自信などありませんし、とりあえず最悪ではないと思いたいところです。
「ええと、物見塔があっちだから……多分、こっちかな?」
普通に道を歩くだけならともかく、民家や商店の中を突っ切ったり魔物が通り過ぎるまで隠れ潜んでいるものだから、ほんの数百メートルの距離を進むのにもずいぶんな時間がかかっています。
方向感覚も時間間隔も少なからず狂っている自覚はありますが、それでも次第に人の声や多く聞こえるようになってきました。耳を澄ませて断片的に拾った声からするに、どうやら騎士団および彼らが率いる士官学校生の皆さんが、すぐ近くに簡易的な陣地を構築して民間人を匿っているご様子。
一応は同じ生徒のはずなのに自由に単独行動していた目ビーム王子に関しては……名目上は現在の上官に当たる騎士団の皆さんとしても、普通の学生に対するように命令しにくいのは想像に難くありません。
まあ扱いにくい奇人の貴人については、ワンマン遊軍として好き勝手に暴れてもらうのが最も効果的なのでしょう。異常なまでに強いのは分かりましたし、下手に既存の部隊に押し込んで集団行動を強制するよりは強力な目ビームの持ち味を生かせるはずです。
「も、もうちょっと」
色々な思考が浮かんでは消えていく最中にも、少しずつ歩みを進めて、簡易陣地があると思しき地点までは恐らくあと通りを二つか三つ渡れば着くところまで辿り着きました。
しかし、ここからが難問です。
ここいらは小さめの建物が密集して視界が悪いせいか、上空からビーム魔法を撃ちまくっている王子様も地上の敵を仕留め切れずにいる様子。まだまだ街中に魔物が溢れている状況では、わたしの進行方向だけを優先してくれとお願いすることもできません。
一か八かダッシュで駆け抜けるべきか。
ここまで来て最後は運任せというのは気が進みませんが、残念なことに今隠れている建物もいつまでも安全というわけではなさそうです。現在は民家の裏口近くで周囲の気配を窺っていたのですが、ちょっと前に表戸がバリバリと音を立てて壊れる音が聞こえたばかり。
もしかせずとも、魔物が不法侵入キメてくれやがったのでしょう。早々に出て行かなければ身動きの取りにくい屋内で追い詰められ、外に逃げることすらできなくなってしまいます。
「外にいるのは小さめの魔物が一体だけ、かな?」
裏口の戸に耳を当てて物音を聞いた限り、外にいる個体は恐らく並外れて小さいのが一匹だけ。魔物の子供なのかどうかは分かりませんが、小さい相手なら成体の(※前略)トゲトゲに比べてもパワーやスピードは劣るはず。
甘い見通しだという自覚はありますが、一息に扉を開けて相手が驚いている隙に一気に駆け抜ければ逃げ切ることも不可能ではない、といいですねぇ。
できればハッキリ言い切れるだけの確信が欲しい場面ではありますが、迷っている時間が長くなればなるほどに追い詰められてしまうのだけは確実。ならば、ここは思い切るしかありません。
「ええい、女は度胸! どりゃあぁぁ!」
やると決め以上、中途半端は厳禁です。
扉をブチ破るくらいの……いえ、実際にそうするだけのパワーはないのですが、まあ気分的にはそれくらいの気合を入れて、全力で肩からぶつかって行ったのですが。
「って……あら?」
わたしがぶつかるまでもなく、スッと扉が開いて渾身の体当たりはあえなく空振り。込めていた気合の分だけ、わたしはゴロゴロと勢いよく転がる羽目になりました。比喩表現ではなく本当に三回半ほど前転することになりましたとも。
「ぎゃふん!?」
いったい何が起きたのか。
昨今の魔物には取手を引いて扉を開けるほどの知能があったのだろうか。
物の例えではなく、本当に「ぎゃふん」と言わされることが我が人生にあろうとは。等々、派手にずっこけたショックで混乱した頭に色々な考えが浮かんできたのですけれど……。
「あの、大丈夫ですか? いえ、りっちゃんさんがご無事で何よりですが」
「やあやあ、マー君。こんなところで奇遇ですね。気分的には、あんまりご無事ではないですけど!」
扉の外にいた小さめの生き物は、なんと魔物ではなく我が友人であったとさ。二人して一枚の戸板の表裏に耳を当てて慎重に相手の出方を探っていたという、なんとも間の抜けた真似を揃ってやらかしていたようです。




