12.後悔先に立たぬガール
さて、今更といえば今更ですが。
「ははぁ、魔物ですか?」
魔物。
この全体的にファンタジーっぽい雰囲気の世界には、そんな風に呼称される怪生物がいるのです。前世で暮らしていた日本にもイノシシやクマくらいならいましたが、そういった普通の動物とは一線を画した怪物……らしいです。
戦う術を持たない一般人が出会えば高確率で死とイコールの恐ろしい存在ではあるものの、野生生物の常として滅多なことでは人里近くに出てくることはありません。
わたしも地元の町にいた頃に、見世物小屋で剥製になったのを見たことがある程度で、生きている魔物を見た経験は皆無。今後もご縁がないよう神様には一丁お願いしたいところだったのですけれど。
「はい、魔物の群れが出たそうです! 幸い、襲われた商人さんご自身は無事だったそうですが、馬を一頭と積み荷を失ってしまったとか」
「それは大変ですねぇ」
買い物の途中、いつものように誰かの助っ人をしているであろうマー君に恩の押し売りをして、お礼に何か奢ってもらおうかと思っていたのですけれど。わたしにとっては残念なことに、本日の彼は珍しいことに同級生の皆さんと課外活動の真っ最中。
もう少し詳しく説明すると、これから魔物退治の任務に出発する正規の騎士団が使う予定の武具や食料などを街道沿いの空き地まで運んでいる最中なのだとか。遠目にチラっと見えただけですが、マー君の同級生だという例の王子様も黙々と荷運びをしていました。
「わたし、生きてる魔物って見たことないんですよね。どんなのが出たんですか?」
「はい、先生方の説明によるとグレートトゲアリトゲナシトゲトゲという昆虫型の――」
「……ええと、ごめん。何の何の何?」
「グレートトゲアリトゲナシトゲトゲです」
それは果たしてトゲがあるのか無いのか。
荷運び中のマー君の邪魔にならぬよう隣を歩きつつ、もう少し詳しく聞いてみたところ、全身に鋭いトゲの生えた人間大サイズの巨大昆虫なのだそうで。襲われた方によると、そんな怪物が何十体も群れていたというのだから、それはまあ騎士団が急いで出動するのも納得の大事でしょう。
とはいえ、件の魔物が目撃された場所は馬の足で丸一日ほどの距離。
往復に各一日プラス現地での調査や戦闘の時間を考えると、騎士団の任務は早くて三日から長くて五日くらいかな。あくまで素人の適当な見立てではありますが。
なんにせよ、この街がその魔物に襲われる危険はまずないはずです。どちらかというと騎士団の人員が多く街を空けることによる治安悪化のほうが、身近な問題となりかねません。
「ご安心ください! 騎士団の皆さんが出かけている間は、ボクら士官学校生が実地訓練を兼ねて不在の方々の穴埋めをすることになっていますから!」
誇らしげに胸を張るマー君の姿からは、頼もしさよりも微笑ましさや可愛らしさが先に感じられてしまいますが、あえて正直な感想を口にして少年のやる気に水を差すこともありません。
正規の騎士団も別に全員が一人残らずいなくなるわけではないでしょうし、雑用要員の確保ついでに学生達に職場体験をさせてやるくらいの余裕の顕れと見ておくべきでしょう。
「ふふ、それじゃあ魔物が来た時はマー君が守ってくださいね?」
「はい、りっちゃんさんも街の皆さんもボクが守るので安心してください!」
まさか本当に彼が魔物と戦うような機会はないだろう、と。
この時は本気でそう思っていたからこそ、軽い気持ちでこんなことを言ってしまったのです。魔物の恐怖も、命懸けで戦うということの意味も、この時のわたしには何ひとつ理解できていませんでした。
あんなことを言うべきではなかった。
誰を見捨てることになっても、自分の身の安全を第一に考えて逃げて欲しかった……なんて、仮にこの時点で言っていたところでマー君が素直に聞き入れてくれるはずもなし。わたしが何を言おうが言うまいが、結果はまるで変わらなかったのでしょうけれど。




