表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

大衆からの雷鳴

俺はオルフェンスに王国各地の大衆居酒屋で歌うように言った。

歌う居酒屋はすでに決まっている。

その数およそ100か所。

すべてギルド上層部からの指令だ。

実は王国各地の貴族と平民の間には、軋轢がある。

円滑に事が進むことはなく、

常にギシギシギシギシと音を立てているのだ。

その原因は、貴族の教育にある。

貴族の教育の根幹は『民衆の支配』にあった。

帝王学しかり。

領地経営しかり。

すべては民衆を支配するためのものであった。

貴族の地位を安定化させるための、教育そのものが、

貴族の地位を脅かしている。

実に滑稽ではないか。

俺はオルフェンスに、貴族と平民の間に起こっている事を伝えた。

オルフェンスはこう言った。

「つまり支配の構造を無力化する歌を歌えと?」

俺はうなづいた。

オルフェンスは顎に手をあて、考える。

美しい眉間にしわがよる。

美しい男は、眉間にしわがよっても美しい。

俺はそんな事を考えていた。

俺はオルフェンスに茶を入れる。

気持ちが落ち着く茶だ。

眉間のしわが薄くなる。

俺はこのオルフェンスの緊張と緩和を見るのが大好きだ。

「お前の代わりなどいくらでもいるのだぞ……。

そう言われたとしよう。

俺は言ってやった。

お前こそ代わりなどいくらでもいるのだぞ……。」

オルフェンスはそう言った。


俺は腹の奥がくすぐったくなった。

「皮肉が効いているじゃないか」

俺はそう言った。

オルフェンスは俺の声に反応をせず、虚空を見つめている。

いつもそうだ。

こうやって、彼の頭には、天の声が降り注ぐ。


「代わり替わり変わり……、

取り替えの効く部品は誰。

頭さえも取り換えが効く。

この理不尽な物語」

オルフェンスはそう言った。


「頭さえも取り換えが効く。

これは強いな。

こんな事に民衆が気がついた日にゃ……。

きっとヤバい事になるぜ」

と俺は言った。


俺は想像した。

先ほどまで、代替え品がたくさんある世界を想像し、打ちのめされていた民衆が、貴族すら代替品であると気が付いた瞬間。

どんな表情になるかを。

口元は気持ち悪くにやけ。

いままで否定し続けていた妄想を止める手立てはなくなる。


「逃げろ。逃げろ。逃げろ。

部品たちが気づかぬうちに。

逃げろ。逃げろ。逃げろ。

食い物にされぬうちに」

オルフェンスはそう言った。


俺は想像した。

金目の荷物をまとめ。外国に逃亡する貴族たちの姿を。

追いかけ石を投げる。農民たちの姿を。


「お前の代わりなどいくらでもいるのだぞ……。

そう言われたとしよう。

俺は言ってやった。

お前こそ代わりなどいくらでもいるのだぞ……。」


「代わり替わり変わり……、

取り替えの効く部品は誰。

頭さえも取り換えが効く。

この理不尽な物語」


「逃げろ。逃げろ。逃げろ。

部品たちが気づかぬうちに。

逃げろ。逃げろ。逃げろ。

食い物にされぬうちに」


「そして頭は取り替えられ、部品たちは楽しく暮らす。

そして頭は取り替えられ、部品たちは楽しく暮らす。

そして頭は取り替えられ、部品たちは楽しく暮らす。

あれ頭はどこに行った?

そうね。

頭は部品たちに見捨てられ身動き一つ取れなくなった

そうよ。

頭は部品たちに見捨てられ身動き一つ取れなくなった 」


そうオルフェンスは歌った。


俺は手を叩く。

「それで行こう」


それから俺たちは各地の居酒屋を巡った。

はじめは反応が薄かった。

しかし色んな歌の合間に、この歌を入れていくうちに、

「取り替えできる頭の歌を歌ってくれ」

そんなリクエストが入りだした。


『取り替えできる頭』

この言葉に反応した者は多かった。


「そうか。代替わりがあるし、領主が変わる。店主が変わるなんてことも、よくよく考えたらあるんだよな」

人々はそう語った。


いつしか居酒屋での話題は、取り換えできる頭の話で持ち切りになった。


そして遂に……

事件は起こった。

王国のとある貴族の領地で貴族からの厳しい税の取り立てに怒った民衆が暴動を起こし、邸宅を包囲し、貴族は命からがら外国に逃げ出した。

その後王室から派遣された新しい領主は税率を緩和した。

この話題は、王国各地に広まった。


『取り替えできる頭』


この言葉で、この国の貴族による支配装置は瓦解した。

たったの100日

およそ3か月弱のことだった。


俺は次の戦略の打ち合わせのためにギルドに向かっていた。

うかつだった。


雷鳴が轟くその日の夜

オルフェンスは、居酒屋で拘束された。

武装した騎士の前に、

民衆は微動だにできなかった。


国を調律し、圧政を瓦解させたオルフェンスを救えるものは

そこにはいなかった。


居酒屋の店主も、踊り子も、酔客も、みんな拳を握りしめていた。


俺が居酒屋に戻った時、そこは酒場ではなく、墓場のように

静まり返っていた。


「オルフェンスはどこに行った」

俺は店主に聞いた。

「騎士たちに連れていかれちまったよ」

店主は力なく答えた。


俺は吠える気すら起こらなかった。

いつもそうだ。

人は自分を守る者すら守らない。

弱い振りをしてどこかに隠れる。

そうやって上手く逃げのびたものだけが、

生き残ってきた。

そういう歴史でもあるのだろう。

調整側は命を張るが、

守られる側は命を張らない。


俺は黙って店を出た。

何をするかって、そりゃもちろん。

オルフェンスを救いに行くだけさ。



あぁたぎる。

これは命の張り合いだ。

ギリギリの命の取り合いだ。

あぁたぎる。

あぁたぎる。

俺らギルドは世界の調整機構であるが、奴らは王権の調整機構だった。


ではどちらが世界に必要か?

世界の審判を仰ごうじゃねぇか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ