マナと語り
「もしあなたが、あなた自身の事を嫌悪していたとしても、私はあなたを肯定いたしましょう。
偉大なファションデザイナーの作った美しい服も着る人がいなければ完成しない。
偉大な小説家の美しい物語も読む人がいなければ完成しない。
偉大な吟遊詩人の美しい唄も聞く人がいなければ完成しない。
全ての美しいものは、あなたが完成させるのです。
つまり……、
あなたは世界にとってかけがいのない存在なのですよ。
その価値に、あなたが気づくまで、私は歌い続けましょう。
あなただけのためにある、この歌を」
彼はそう言い、リュートを奏でる。
美しい旋律と深い詩は人々の心を癒していく。
王国の片隅にある居酒屋。
彼はそこでリュートをひきながら歌っていた
清浄で正常。
陰謀と欲望と汚濁が交差するこの世界で、彼の奏でる音は、清らかさと浄化、そして整流へと人々を誘う。
人たらし。
女たらし。
男たらし。
彼はいろいろと揶揄された。
しかし誰も彼の本当の姿を知らない。
彼が少し才能があるだけの、
ただの臆病な青年である事を。
これは、少しだけ才能のある臆病な青年が、風変わりな1人の従者と共に世界を整流へと戻す物語。
……
俺の名はきつね。
きつねという名ではあるが、今は人間だ。
俺は別の世界で神さまの使いをしていた。
いわゆる神使、御使いと呼ばれるもの。
基本的に霊体である俺は亡くなる事じたいないのだが、野暮用で野狐に憑依していた時に、トラックにはねられ亡くなった。
主である神はもちろん、
転生の神さまも驚いてたよ。
というか、めっちゃウケてた。
大笑いさ。
ひどい話だろ。
「まぁいい。君には500年以上仕えてもらったからね。そっちの世界で楽しんでよ」
そう主には言われた。
「俺を生き返らせてはくれないのか?」
と俺も尋ねたさ。
そうしたら、どう言ったと思う?
「君が野狐に憑りついて、それでトラックにひかれたのだから、それは運命というものだよ。神が運命に逆らってどうする」
そう言ったのさ。
500年も仕えていたならば、それ相応の愛情や愛着なんかあって当然のことだと思っていたが、まるでなかった。
それは残酷なようで、ひとつの優しさなんだと、あとになって気が付くのだが、俺はしばらく荒れたよ。
そんなこんなで、俺はこの世界に転生した。
元神さまの使いだといっても、特殊な能力はない。
ただ少し頭は回る。
そんなどこにでもいるただの人間さ。
今俺達は毒殺ギルドの下で働いている。
それは、世界の調整機構。
彼らは毒で、俺達は詩で世界を調律する。
世界に本来の美しさを取り戻すために。
話は彼に戻そう。
彼の名はオルフェンス。
年齢は詳しくは知らないが17.8ってところだ。
彼は、
ある歌が盛んな国の中級貴族の令嬢で歌姫の専属奏者だった。
しかし彼は美しすぎた。
令嬢は彼に惚れ、彼との結婚を望んだ。
しかし彼の身分は平民。
当然貴族である親は反対し、
そして彼は専属奏者の職を失った。
彼は言っていた。
「せっかくマホガニーさんのお陰で見つかった仕事なのに」
と、
どうも、マホガニーという男にかなり恩義を感じているらしい。
話によるとオルフェンスは、捨て子だったそうで、吟遊詩人に拾われ育てられた。
オルフェンスが10歳の頃、吟遊詩人が旅の途中に盗賊に襲われ亡くなり、天涯孤独の身となった。
オルフェンスは生活をするために。吟遊詩人に教わっていたリュートと即興の歌でなんとか糊口をしのいでいた。
しかし才能があるとはいえ10歳の少年。
賢く稼ぐことはできなかった。
そしてガットは消耗品。使っていると少しづつ切れていく。
でもガットを買う金はない。
ガットが切れれば、自分の食い扶持も消える。
そんな極限状態で、彼は演奏を続けていた。
ただ生きるために、
ある日マホガニーという男がガットを恵んでくれ。
それで演奏してみろと言われた。
演奏を始めると、どんどん人が集ってきた。
そして、その男が貴族から話しかけられる。
どうもマネージャーと勘違いしたらしい。
そこで男が機転を利かせて、
オルフェンスをその中流貴族の専属奏者にした。
オルフェンスは言った。
「彼がいなければ、あんなにいい条件で雇ってもらえなかったでしょう。彼がマネージャーのフリをしてくれ、交渉をまとめてくれたから、今の私はあるのです」
と。
俺とオルフェンスは、彼が3年後、中流貴族の家を追放された後知り合うことになる。
ある居酒屋で、演奏をしていた彼の売上を、酔っぱらった冒険者にかすめ取られそうになった時に俺が助けた。
まぁ暇だったしな。ちょうどいい。サンドバックだったってことさ。
俺はちょうどギルドから、訳ありそうな腕のいい吟遊詩人を探すように言われていたから、ちょうどよかった。
特にオルフェンスに執着もしていないし、この立場にも執着していない。
世界を守りたいのかだって……、
始めはそんな気持ちもあったな。
でも今は違う。
世界には調律が根付いている。
だから俺が行動しなくても、世界は守られる。
ただ俺は職業として、選んじまったし、悪くないと思うから、この道を歩き続けているのさ。
えっ、そんなにいい加減でいいのかって。
別に構わないさ。
俺がいなくても世界は回る。
俺が寝てても世界は回る。
そんなものだろう。
神さまだって、いい加減なものさ。
神以下の俺たちが、しっかりして何になる。
俺が調律しなくても、誰かが調律するだろう。
ただ今この立場にいるから、俺とオルフェンスは調律するだけだ。




