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持病日記  作者: 俺野兎
7/12

網膜剥離

俺は、今までに4回手術を受けた経験があるが、そのどれもが眼の手術である。

近々、心臓の手術を受けるが。


6年前に、右目の視野に黒い小さな点が飛ぶようになった。

そして、それは日を追うごとに増えて行った。

それについては、あまり気にしていなかったのだが、やがて、かすんで見えるようになってきた。

これがかすみ眼ってやつかと思い、それ用の目薬をさしたが、一向によくならないどころか悪化していき、ついには霧の中にいるような見え方になった。

さすがにこれはマズいと思い、掛かりつけの眼科のクリニックに行った。


先生は、検査した後

「網膜剥離を起こしています。帰られたら、すぐに入院の用意をして、タクシーで病院に行ってください。」

とのたまわれた。

驚いたのなんの。

先生は続けて

「黄斑のところまで剥離したら、失明します。急いで行ってください。今日は、土曜日でもう時間も遅いので、入院して月曜日に手術することになると思います。」

紹介状が渡された。


急いで帰って、タクシーを呼び、私立の医大の病院へ行った。

担当の先生が待っていてくださり、すぐに検査を受けた。

先生は、あご髭をモジャモジャに生やした、医師らしくない風貌だった。

クリニックの先生と同じことを仰った後

「このまま日を置いても剥離が進行するだけなので、今から手術をしましょう。」


もっと驚いたのなんのだ。

俺としては、二日のんびり入院してから月曜日に手術のつもりになっていたのに、今からなんて。

心の準備が・・・。

でも、もうこれは決定事項だ。


手術着に着替えて、手術室に連れて行かれた。

手術室の大きなイスに座らされ、右目のところだけ穴が開いた布のようなものを被せられ、何か付いた筒のような器具が目に当てられ、いろいろされると、まばたきはおろか、眼球を動かすことさえできないまでにしっかりと固定されてしまった。

そして、強烈な光が当てられて、眩しくて何も見えなくなった。


この手術のおもしろいところは、術中に先生から俺に話があることや、手術をされている二人の先生の話が聞こえることだ。

髭モジャの先生と若い先生の。


先生が

「今から目に麻酔の注射をします。歯を抜くときに麻酔をするでしょ、それと同じです。これが、今日の中で一番痛いです、でもこのあとは、感覚が無くなりますから。」

と笑いながら言うではないか。

麻酔の注射を打つ前に、麻酔の目薬をさされた。

「これをさしても痛いんですけどね。」

また、楽しそうに言う。

何なんだ。


そして強膜といういわゆる白目の部分に、注射を打たれた。

本当に痛かった。

「痛かったでしょう。でも、これでもう痛みは感じませんからね。」

もういいって。


ちなみに、人体で一番痛みを強く感じる部分は、眼の角膜らしい。

二番目は、耳の鼓膜だとか。

膜つながりだな。

じゃあ、処女膜は何番目なのだろう?

俺にはないが。


話は戻るが、この手術には、網膜剥離という病名は付かない。

硝子体手術と呼ばれる。

硝子体は高校の生物では「ガラスタイ」と読む。

だが、医学では「ショウシタイ」と読む。

なのでこの手術は「ショウシタイシュジュツ」なのである。

つまり、眼球の中を満たしている硝子体というゼリー状の部分を吸いだしてしまうのである。


キリキリキリと振動だけが伝わるが、強膜に穴を開けられているのがわかる。

そして、細い管が入ってきて、硝子体が吸いだされていくのが、リアルタイムで見える。なんせ、俺の眼なのだから。


一通り吸いだした後、二人の先生が話始めた。

「どうも、ここだけとれませんね。」

と若い先生。

「そうだね。」

と髭モジャ。

「もう一つ作りますか?」

「うん、僕もそう思った。」

俺の眼なのだから、その話に俺にも参加させてもらいたいものだ。


またキリキリと穴が開けられ、反対からまた掃除機が入ってきた。

何の違いがあるのかわからないが、やがて掃除機は出て行った。

「いいねえ。」

「はい。」

顔は見えないが、満足そうだ。


「これから軽い気体を入れて、穴のところを縫ったら終わりです。縫った糸は自然に吸収されていくので、抜糸はありませんから。」

と言われても

「はい。」

としか、答えようがない。


無事(?)手術が終わり、病室に連れて行かれた。

鏡を見てびっくり。

手術した右目が真っ赤で、瞳は真っすぐ前を向いていない。

もちろん、そちらの眼では何も見えない。

かなり強いショックを受けたのを覚えている。


その後、2週間ほど入院したが、入院生活は大変なものだった。

この手術で、最後に空気より軽い気体を入れられたのだが、高校の理科教師としての好奇心で、先生にその気体が何か聞いてみた。

俺としては、軽くて不活性なヘリウムかな?と思ったので。

注入された気体は、六フッ化硫黄とのこと。

後で調べると、この気体は眼内に注入して24時間後に約2倍に膨張する特徴があり、その力によって網膜を押し付けて剥離を治すとのこと。

とにかく、軽い気体の浮力で網膜を押し付けて治すという、ほんとかいなと思われる治し方を、現代医学でされているのである。

そのため、顔は水平以上にしてはいけない。

基本、起きている時間は、ベッドの上で、痔の人がする座布団の顔版のような馬蹄形の枕に顔をのせてうつ伏せで過ごす。

トイレに行くのもうつむいて歩いて、うつむいて用を足す。

俺のモノが仕事しているのがよく見える。

食事のときも、うつむいて食べる。

これは、本当に食べにくい。

水はストローで飲むことになる。

風呂には入れない。

これは、雑菌が眼に入ってはいけないからだ。


では、寝ている間はどうか?

先生曰く。

寝ている間に、無意識に仰向けになって寝てしまうのは仕方がない。

ただ、きちんと治したいなら、起きている間は気を付けるように。


そうしているうちに、やがて、眼の中を還流している液が、吸いだされた硝子体の代わりに眼球を満たしていく。

毎日、だんだん液面が上昇して増えていくのがわかる。

ただ、視野の上から満たされていくのに違和感がある。

それは、俺たちヒトのというか、脊椎動物みんなの共通した眼の構造からきている。

俺たちの目は、水晶体で光を屈折させて網膜に像を結ばせている。

いわば、中学の理科で勉強する、レンズで光を屈折させてスクリーンに像を結ばせるのとまったく同じことである。

だから、網膜には倒立像が結んでいる。

情報は、視神経を通じてそのまま脳へ伝わるが、それを、脳が上下を入れ替える処理をして、普通に見えているのである。


ところが、下から増えていく液は、水晶体より奥なので、上下そのままに網膜に像を結ぶ。

その情報が脳に伝わると、脳はおきまりの上下逆転にする。

だから、視野の上から液が満ちていくのである。


退院した後、授業で、網膜に結ぶ像が倒立像だが、脳で処理して普通に見えていることを説明した後に、この体験を話すと「へー!」という声が聞こえておもしろかった。


2週間ほどで退院できて、普通に見えるようになったのだが、ふと何かのときに、左目ではまっすぐに見えているものが、右目では歪んで見えていることに気付いた。

色も、左右の目で微妙に違う。


日常生活にはまったく支障がないのでいいのだが。

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