第4話 大野盗「エッチ後屋」あらわる
「お゛お゛お゛ぉぉぉん」
おヒメのあばら家には、半々蔵のきたない泣き声がひびいていた。
顔もずいぶんきたない。鼻水がでろんでろんである。
おヒメの身の上話が、半々蔵にはよほどこたえたものと見える。
本来ならばここで読者にもその話を共有するのが道理であろう。
しかしおヒメの語ったところはいささか重く、冒頭のサメの話にもからんでこないため、『忍者vsサメ』を謳う本作においてムダに重い話に紙幅を割くべきかは議論を要するところである。
つまり、いろいろあっておヒメは村長と、その妻であり村の予言者でもあるおババさまから『呪いの子』と呼ばれ、ふたりからのいわれのない讒言によって村で孤立している、という事実をいまはひとまず述べておきたい。
さて、なぜ村長が「しばらく海に出ることは禁ずる」と村人に対して告げたのか。
これを知るには、冒頭のサメに乗った男――野盗どもが村へやってきた直後のできごとに話を転じなければならぬ。
「ヒャッハァァ！ ジャマするぜぇ！」
静かな夏の夜に似あわしからぬ、愉悦に満ちた叫声をあげ、ひとりの村人の首根っこをつかんだ10人の野盗が一軒の家へなだれこんだ。
家は、村長とおババさまの愛の巣であった。
村人である若い男は、この野蛮な男どもにつかまり、おどされ、村長の住居へと案内させられたのだ。
「な、な、なんじゃあ！！」
村長はおババさまに迫り、いままさに脱ぎかけていた服をあわてて着ながら言う。
もう四半刻も遅ければふたりの愛は燃えあがり、合体いたしていたことであろう。
主人公でもヒロインでもなく、端役でしかない上にじいさまばあさまであるふたりの情事を濃密に描写するのは、筆者としてもできれば避けたい。
そういう意味で野盗どもの狼藉は、遺憾ながらベストタイミングであるともいえた。
「おいおいお盛んだなぁ。ちゃんと合意は取れてんのかぁ？ 夫婦といえども望まぬ日もある。夫が『ヤレて当然』とばかりに強引に迫るなど言語道断、しっかりお互いの気もちの一致を確認できたときにはじめて夜の営みに突入すべきだぜぇ……！」
当時にそぐわぬ倫理観をもって、野盗の首領――エッチな話題には一家言をもつ「エッチ後屋」が、太い刀身をもつ青竜刀をベロリとなめながら下劣に笑った。
彼はもともと都の商家の三代目だったのだが、放蕩のすえに零落し、流れ流れていまは野盗を率いることになってしまったのだった。
「あ、あ、あなたがたはなんなのです！ こんな夜に非常識な。今夜は私がしんぼうたまらない日だったのですよ！」
おババさまが胸もとの服をかき寄せながら、どなる。
「ひゅうう、お熱いねぇ！」
「うちにも秘訣を教えてくれよ」
「おいずりぃぞ！ うちのカカァなんかもう５年は抱かしてくれてないぜ」
など、野盗の手下どもが下卑た笑い声で煽る。
そこへ首領のエッチ後屋が一喝をくらわせた。
「やかましいぞおめェら！ 抱かしてくれるくれないじゃねぇ、おめェらがちゃんと日ごろから家のこともやってンのか、てめェの機嫌をてめェでとって、いつもまめに愛や感謝を伝えてンのか、そういう日々の積み重ねが夜にもあらわれるってだけの話だバカやろめ。これからだいじな交渉なんだから黙ってろッ！」
「なるほど性交渉の話ってワケですね」
とニヤニヤしながらなおも告げたひとりの手下は、引き時を知らぬと見える。
それを断ずるように、エッチ後屋は無言で青竜刀を一閃した。
「ギィヤァァァ！！」
斬りつけられた手下はむごたらしい悲鳴をあげ、胸からブシャアアアとすさまじい量の血を噴出させながら、絶命する。
どうもエッチな話題について超時代的な倫理観を有するこの男も、「命を大切にしよう」などと現代でことさらに強調される価値観についてはカケラも有しておらぬようである。
斬りながら邪悪に笑うその姿を見、彼の残虐性を察した村長はゴクリとつばをのみ、せめておババさまをそっと自分のうしろへとやろうと手をのばす。
そのときむにゅりとおババさまの胸に手があたってしまい、「やん、じいさま」とおババさまが恥じらい、「あっ、ごめん！」と村長はわざとでないことを強調するために必要以上にでかい声でさけんだ。
