第25話 触手とおヒメ
一瞬、「くさっ!」と思った。
それを認識できたときには、おヒメはすでに真っ暗な空間のただなかへとほうりこまれていた。
口吸いのときのエチケットのため、口臭には人一倍気をつかっていたエッチ後屋であったが、いまはサメの身である。
その生臭さはごまかしようもなく、おヒメが「くさっ」と感じたのはこのサメのにおいであると推測される。
おヒメは巨大なるサメ怪獣と化したエッチ後屋にのまれる際、その口臭を浴びつついまは胃へとくだってしまっていた。
「くっ、身動きが……」
おヒメはうめいた。
周囲の空間はひどく窮屈で、前にもうしろにも進めぬ。
姿勢を変えるのもひと苦労である。
通常のサメにそのような機能はないが、サメ神さま〈ひっぷ〉は内臓を自在に変化することができた。
その機能により、胃を圧縮せしめることでおヒメを虜としていたのである!
どろりと、おヒメの全身に粘性の高い液体が浴びせられた。
「胃液によって食料を消化している」ことが科学的に証明されたのは比較的近代になってのことである。
だいぶ昔の時代を生きるおヒメには当然この知識がなかったため、危機感をおぼえることもなく「なんだろこれ」とぼんやりしていたのだが、少しするとひとつの違和感に気がついた。
おのれの装束が、溶けはじめているのである。
「なになになにやだやだやだ」
動揺して思わず胸と股とに布をかき寄せる。
すると、どこからかしゅるしゅると触手がのびてくるではないか!
「気もちわるいやめてやめていやだ」
そう抗議するが、触手に耳はない……。
隠そうとする手首をつかまれ、足首をつかまれ、ぐぐぐとカラダを開放させられる。
さらに触手は、ふくらはぎに、太ももに、下腹部に、腰に、二の腕に、胸のふくらみに、首に、頭にと、おヒメの全身にぐるぐるとまつわりつきはじめたのだ。
首が絞まることでおヒメは苦しんでうめき、
「たすけて……」
と涙をこぼした。
――その瞬間であった。
「おヒメどのォォォ!!」
これまで聞いたことのない熱量で、自分を呼ぶ彼の声が聞こえたのである――




