第2話 忍者来たりて5秒でボキボキに折られる
サメの来襲から少しの時間がたち、ところは少し変わる。
その村の集落からかなりの距離を置いて、一軒のあばら家が建っていた。
家には、両親を亡くした若い娘がひとり住んでいる。
娘は名を「おヒメ」といった。
彼女の親は生前「漢字にするなら卑女だ」と言ってはばからなかった……。
自身が「望まれない子」であったことを思い出させるこの名まえを、彼女は呪いのように感じていた。
彼女が家のそとに積んである薪をかかえて中へと入ったそのとき、その呪いを証明するかのように、おヒメが肩で閉じようとしていた戸をバァンとあらあらしく開ける者があった。
「おヒメぇぇぇ」
その者は村の若き男――「ゲス吉」であった。
ゲス吉は、舌なめずりをしながら戸口に立ち、なめまわすようにおヒメの姿態をながめている。
おヒメは「ひっ」と悲鳴をもらし、思わず尻をついてあとずさった。
「おっ父が隣村へ行ってる今日しかねぇだ、おらぁ今日こそおめぇを抱いてやるからよぉ」
酔っているようだが、そればかりではない鼻をつまみたくなる口臭をただよわせ、ゲス吉がにじり寄ってくる。
日ごろ野良仕事をしているだけあって、男のからだは、大きい。
同じく野良仕事に精を出しているおヒメではあるが、男女の体格差はくらぶるべくもない。
「やめっ、やめてぇ!」
手近にあった薪を投げ、男がひるんだスキにおヒメは脱兎のごとく家を飛び出た。
「たすけ、だれか、たすけて……!」
さけぶも、となりの家からは距離も遠く、日も暮れている。
日ごろの村からの扱いを考えれば、きこえたところで「自分をたすける者などない」というわかりきった事実が、おヒメの頭に重くのしかかってくる。
「逃げろ逃げろ。おらぁ、そのほうが燃えるからよぉ……!」
恐怖から足に力が入らず、ガクガクと山をのぼりかけたおヒメであったが、追ってきた男にあっさりとつかまってしまう。
男の昂揚から、家からは、あえて逃がしたのだと知れた。
おヒメの抵抗もまたおのれの養分とするかのように、男がいきり立つ。
そうしておヒメの髪をつかみ、その頬をなぐる。
「痛ぇのは最初だけだぁ、すぐに悦ばしてやるからよぉ」
世にも醜い愉悦を面に浮かべ、さらに胸もとをはいだ。
おヒメの目からは涙がとめどなくあふれるが、しかしおのれの不幸を受けいれようとするかのようにくちびるを強く噛んで耐えようとする。
「これまで生きてきて、なんのよろこびがあったか……」
そのとき吐き捨てるようにこぼしたおヒメの呪詛は、ゲス吉の耳にははいらない。
しかし――
「その粗末なモノ、しまったほうがよいでござるよ。失礼ながら拙者が手伝ってしんぜよう」
そう、突然どこかから声がひびいた。
まるで天から降ってきたかのごとき声に、ゲス吉が動揺して周囲を見渡す。
いったい、いつ、どこからやってきたのか。
ふと気づくと、彼のすぐとなりに、いかにも「忍装束でござい」といった服をまとった怪しげな男が音もなくたたずんでいた。
「なんだぁ、おめぇ……? 忍者みてなカッコしやがって。いまおらぁ忙しいんだ、さっさと去ね」
「ならばよかった、その忙しさを解消してしんぜよう」
「うっせ」
ゲス吉がその野太い腕で、はらうようにボッと裏拳をはなつ。
忍者のような男はもろにその攻撃を受け、ボキボキと折れるような音を発してふっとんでいった。
「木の枝みてぇに軽ぃヤツだな! あとで埋めてやっからよぉ、さっ、おヒメつづきを……」
一瞬、まさか、天から一条のくもの糸が垂れたかと錯覚したおヒメは、あまりにもあっさりとその糸が断たれたことに、シクシクと泣いた。
が、そのときであった。
「忍法、空蝉の術――」
お堂に鐘をひびかせたような、どこかぶきみさのにじむ幽暗な声があたりにひびいた――
すると、先ほどボキボキに折られたはずの男の肉体が、なんということか、いく本もの折れた木の枝へ変じているではないか!
「おぬしも鈍い男でござるなぁ。ほれ、おのれの股間をとくと見よ」
今度はおヒメの頭の先に、気がつけば忍者が蹲踞している。
忍者は言いながら、ふわりとおヒメに一枚の布をかけた。
「おめ、しつけぇヤツだなぁ……」
言いながら男が自身の股間へ目をやると、なんと、男の陰部がみじん切りされたウインナーのごとくモザイク必至の様相を呈しているではないか!
「うわぁぁぁ!! 痛でぇ、痛でぇよぉぉぉッ! おらのイチモツがぁぁッ」
悶絶する男をまえに、忍者はすっとクナイをとり出し、
「暴力でもって婦女子を手ごめにしようなど、言語道断。誅罰」
と男のひたいにブスリと刺し、抜く。
そのひたいから、ブシャアアアと噴水のような勢いで血が噴出し、男は「ごめんなさい、ごめんなさい」と絶叫しながら絶命した。
「あ、あ、ありがとうございます。なんと、なんとお礼を申してよいか……」
おヒメがかけてもらった布をかき寄せながら述べると、忍者は、
「なに、通りがかったついででござる。では、これにてごめん」
「お、お待ちください……!」
と呼びとめるおヒメに呼応したものかどうか、忍者は突然バタリと前のめりにたおれた。
ピクピクと指をふるわせ、その腹部からはグゥゥゥゥという音がはげしく鳴りひびく。
「こ、これは失敬。ちょっと、足が、もつれてしまい……」
と忍者が強がりらしきものを述べたところで空腹が頂点に達したのか、彼は失神してしまった。
おヒメはゲス吉に土をかけて軽く隠蔽したあと、忍者をずるずると引きずって家へと運ぶ。




