第11話 おヒメ、村人にさらわれる
「おヒメ、おヒメはおるかぁ!」
そうどなりながら、村の男衆数名をひきつれてやってきたのは、村長とおババさまであった。
「は、はい……なんでございましょうか」
こう応じながらおそるおそる家の戸をあけたおヒメは、目のまえにニヤニヤと立ちはだかる荒くれどもに、ひるんだ。
ひとりが、おヒメの腕をわっしとつかむ。
「なにをするのです!」
と振りはらい、少しでも距離をとろうとすると、包囲したままじりじりとつめてくる。
剣呑な空気に、念のためいつでも回れ右ができるよう足先にそっと力をこめたところで、中でもひときわ屈強な男性――ゲス吉の父であるゲス吉父が出てきてとらえられてしまった。
「やめ、おやめください!」
「おヒメ、呪いの子であるおぬしをこれまで生かしてやった恩、返してもらうときが来たようじゃ。村のイケニエになってくりゃれ」
「イケニエ……?」
ここにいたるまでのいきさつはこうである。
祭りにおいて、半々蔵にジャマされたことでサメ神さまがぞんぶんに喰えなかったと、エッチ後屋がその夜に村長の家へのりこんできてこうすごんだのだ。
「村長、おれたちとの約束を反故にしてくれたなァ」
「反故もなにも、ワシらはなにも存じませんですじゃ! あの男は村の者でもなければ、当然だれかが依頼したということもござんせん。ただの不幸な事故ですじゃ。約束どおり祭りは開催したのじゃし……」
「約束はなァ、『祭りを開催すること』じゃねェんだよ! 祭りを開催するなどして『サメ神さまに大量に人を喰らわせる』のほうが約束だったはずだぜ、なァみんな?」
そうエッチ後屋がふりかえると、
「そうだそうだ!」
「親分のいうとおり!」
「熟女を抱かせろ!」
など野盗どもが好き放題にのたまう。
「そ、そ、そんなことを申されましても……」
「それになァ、見てたぜ村長。おめェさんはサメ神さまがあの妙な男にやられちまったとき、あからさまにほっとしたような顔してやがったなァ。これでもうおれらからしぼりとられることはなくなったと安心したか? 残念だったなァ、あれ以上に強大なサメ神さまがいねェワケはねぇだろうよ。なんならおめェさんがエサになってそのおそろしさを味わってみるか? お?」
「ひ、ひぃぃぃぃぃ」
などとおどされ、エッチ後屋にイケニエを要求されたので、すぐさま村の男衆を引き連れ、手はじめにおヒメをさし出そうと考えたのである。
さし出したあと、追加で要求されたらどうするつもりであろうか。
それはそのとき考えようと種々の問題を先送りにしがちな悪癖が、村長にはあった。
先ほどからずずいと前に出ていたおババさまが、しゃがれた声を一層はりあげる。
「ワシの占いによれば、海が、海が荒れておるのじゃ! サメ……海神さまにイケニエを捧げれば、この荒れはしずまるものと出ておる。このまま漁に出られないようでは、村の者は食っていけぬ。村のため、犠牲になるとすれば、まずおぬしからというのが道理じゃろう?」
「そんな、そんな道理があるものですか! これまでさんざん迫害しておいて、なにが、なにが村のためなどと……!」
「おお、さすがは『呪いの子』じゃ。いままで村の一員としてやった大恩も忘れて、吠えよるわ。ゲス吉父、かついでくりゃれ!」
そう命じられたゲス吉父は醜悪にニヤつきながらつかんでいた腕を引き、もがいてのがれようとしたおヒメのほおを張り飛ばした。
ゲス吉父にくらべれば貧弱としかいえぬおヒメはたおれ、はや、抵抗する気もちをくじかれた。
「ずっと、ずっとむだだったではないか……」
そう半生を思って泣いた声は、蚊の羽音ほどにかぼそくて、その場のだれも聞きとってはくれぬ。
そうして、「半々蔵さま」と呼ぼうとしたが、
(彼は、自分とは別に自立するひとりの人間であって、都合のいいときに助けてくれるだけの存在ではない)
(彼を都合のいいだけの存在とみなし、扱うことは、自分がいま村の人々にされているのと同じことではないか……)
そんな思いが頭にうずまき、助けをもとめる声はのどの奥にひっかかって、ひっ、ひっ、というすすり泣きとして土のうえへこぼれてゆくばかりであった。




