くけけの聲
やァやァこんばんワ。
ぃやぃや、どうにもこうにも難儀なコトが起きていて。
参っタ参っタ。
すまないことだがすこぅしばかり、話を聞いちゃぁくれないかネ。
ぃやぃやぃや、感謝感激とはこのことだネェ。
持つべきものは友人とは良く言ったモノだヨ。
あぁ、話ネ、はなしオハナシ。
とは言え、なんと言ったものかねェ。
ウン、実は此処数か月、すこぅしばかり奇態なコトが続いていてねェ。
ン?お前が奇態なのは何時ものコトだろうッテ?
酷いねェ。
友達甲斐もありゃしナイ。
あぁハイハイ、続きですネ。
妙な合いの手入れるからだヨ。
最初はそう、真夏日の寝苦しい夜。
ムシムシとう茹だるようないやァな夜でねェ。
眠れずに布団の中でグダグダと時を過ごしていたのだヨ。
うんざりしながらながァい時間を耐えていて、ようやっと意識も薄れて来た頃合いサ。
夢うつつでどこかで聞こえたのサ。
「クケケッ。」
嫌ァに耳に残る声でネェ。
下卑た嗤い声に、何か軋むような歪な感触。
短く、軽ゥいクセしてジットリ粘りつく印象。
一言で言えばまァ、嫌ァな声サ。
癇に障る。
鳥の声かと思ったサ。
でも夜だろう?
おまけにあンな障る声の鳥なんていやシナイ。
気づいてしまうと、ネェ?
気持ち悪い。
違和感。
理屈に合わない。
どうにもモヤモヤしたが、まァ呑んだサ。
その時は、ネ。
また数日後。
腐れた穢物が生臭い糸を引くかのように。
異様なほどに汚らわしい、アノ一声の後味もようやっと消えた頃さ。
次は風呂場だったネ
髪を洗っているとサ。
聞こえたんだ。
「クケケッ。」
嗚呼、やっぱり鳥の声じゃないのかッテ?
違うんだヨ。
だってサ
家の中から聞こえたんダカラ。
ゾっとしたネェ。
しばらく身動きできなかったヨ。
大袈裟だっテ?
味わってみればイイ。
どうしようもなく異質なアレが。
声だけで問答無用の歪を押し付けてくるアノ声の主が。
自分の領域にいるのだと。
嗚呼おぞましイ。
まァ、それでもそのまま固まっているのも芸が無い。
何とか震える足に鞭打って恐る恐ると風呂を出たのサ。
そこからはもぅ、隅々まで探したサ。
むかァし、アノ黒いヤツ。
カサカサ這うのが取り柄の御器被りを目にした時の数十倍必死に探したモンさ。
何にも出なかったけどネ。
ン?
細君かい?
其の頃は実家に帰っていてネ。
嗚呼、元気元気。
殺しても死にゃァしないサ。
まァ、それで諦めてまた数日。
今度は白昼サ。
ミンミンと五月蠅い蝉共の声。
噴きだす汗をハンケチで拭いながら歩いていると向かいから近所の友人が歩いてきてネ。
木陰ですこぅしばかり立ち話と洒落込んだのサ。
他愛もない四方山話で終始して、まぁいずれまた、と背を向けて、道を別れたその時さ。
「クケケッ。」
友人のいるあたりからアノ声がした。
慌てて振り向いたら歩み去った筈の友人が息がかかるくらいの真後ろに居てネ。
抜け落ちたような無表情で僕を見ていたンだ。
ジっと。
声も出ないくらいに驚いてへたり込んだネ。
ぃやァ無様を晒したもんサ。
それで?
ぃやそれで終わりサ。
何を言うでもするでもなし。
去って行ったヨ。
どこか錆びたブリキのカラクリじみた、非人間的な動きで去っていったヨ。
ソコからはモゥ引っ切り無しさ。
悪友との電話の最中、馬鹿話が切れて
「クケケッ。」
仕事の商談、接待先の禿親爺が
「クケケッ。」
細君が
娘が
店番が
友人が
「クケケッ。」
「クケケッ。」
「クケケッ。」
「クケケッ。」
嗚呼
嗚呼
嗚呼
狂いそうダヨ。
他人が
友人が
身内が
知らぬ間に得体のしれぬモノに置き換わっているのだ。
成り替わっていくのだ。
皆々普通に見えて、気を抜くと裏返ったようにグリン、と裏返るのだ。
抜け落ちた顔で、此方を見て、
「クケケッ。」
次ハ君ダヨ。
「クケケッ。」