9話:幻想と現実、そしてゴーレム
拓郎は地面に仰向けになったまま、白とオレンジの毛並み、九本の尻尾を持つ、真の姿を現した四葉様を見上げていた。赤い紐パンの残像が脳裏をちらつき、さらに混乱を深める。
「これでは職務に差し支える!」
四葉様の鋭い声が響く。彼女の視線の先には、いまだ空中を漂い、いつ落下してもおかしくない宇宙戦艦大和がいた。その時、拓郎は四葉の体が淡く光を放つのを見た。
「幻想魔法――『大地を束ねる者、その鉄塊を喰らえ』」
四葉様が低く唱えると、彼女の手から白い光が放たれ、眼下の工事現場に突き刺さっていた鉄骨の残骸や、周辺の地面に吸い込まれていく。
地響きと共に、アスファルトが大きく盛り上がり、土と石が意思を持つかのように結合していく。
瞬く間に、巨大な人型の影が形成された。それは、鈍く光る岩石で構成された、紛れもない巨大なゴーレムだった。その質量は戦艦大和に匹敵するか、それ以上に見えた。
ゴーレムは、ゆっくりと巨体を持ち上げ、空に浮く大和へ向けて、両腕を大きく広げた。まるで、慈愛に満ちた母親が子を受け止めるように。
「なっ……!?」
大和に乗っていた神々や、下で見守っていたカミオタたちが、そのあまりに現実離れした光景に言葉を失う。そして、ついに重力に抗いきれなくなった宇宙戦艦大和が、轟音を立てて落下を開始した。
ゴーレムの分厚い掌が、ヤマトの艦底をしっかりと受け止める。ズシン、という鈍い衝撃が大地を揺るがし、周囲のビル群がわずかに軋む。だが、大和は完全に静止し、それ以上の被害は出なかった。
拓郎の口から、自然と声が漏れた。
「すげぇ……」
彼の軍事オタクとしての知識や、合理的な思考では説明しきれない、あまりに圧倒的な「力」がそこにあった。これを「未解明の物理現象」と片付けるには無理がある。
これは、間違いなく、彼が信じていなかった「神の力」であり、人が「魔法」と呼ぶ不可思議な現象だった。
四葉様は、ゴーレムが大和を受け止めたことを確認すると、満足げに一つ頷いた。その時、どこからともなく、甲冑を纏った兵士たちが多数現れ、現場を包囲した。彼らは、新設されたばかりの神装部隊だった。
「隊長! 状況確認いたしました!」
神装部隊の隊員たちが、四葉様に敬礼する。四葉様は冷静な声で指示を出した。
「よし。これより、現場を制圧する。神力乱用、及び治安紊乱の罪で、全員をゴブリン収容所へ送致せよ」
神装部隊は即座に行動を開始し、宇宙戦艦大和に乗っていた神々や、その下にいたカミオタたちを次々と捕縛していく。彼らは口々に不平を言ったり、泣き言を言ったりしていたが、神装部隊の圧倒的な力と、何より四葉様の威圧感の前では、抵抗する術もなかった。
拓郎は、その全てを呆然と見ていた。朝、彼の命を救った少女は、空飛ぶ軍艦を軽々と止める強大な力を持つ、神の国の盟主だった。そして、その力は、彼の知るいかなる兵器よりも、はるかに途方もないものだった。
彼の軍事オタクとしての好奇心は、今、確信へと変わった。この「神の力」を理解し、分析し、応用することこそが、彼の新たな使命となるだろう。