9話 アルファの新たな道
神鳴学園でのアルファに対する視線は、完全に変わっていた。「落ちこぼれ」と蔑んでいた生徒たちは、今では尊敬の眼差しを向けるか、恐る恐る距離を取るかのどちらかだ。授業内容も、アルファの空間操作能力の「真価」を見越した、より高度な概念理論や魔力制御の訓練が組み込まれるようになった。
ある日の放課後、アルファは一人、学園の図書館にいた。彼女は、空間操作能力に関する古文書や、概念の定義について書かれた難解な論文を読み漁っていた。膨大な知識の海に触れることで、自身の力が単なる「物理操作」に留まらないことを、アルファは実感し始めていた。
「空間を定義する……因果律を操作する……」
彼女は、自身の力の根源を理解しようと必死だった。あの時、浮遊大陸を止めた奇跡は、無意識のうちに発動した「空間の因果律」への干渉だった。それは、母・結衣の「概念定義」能力とも深く繋がっていることを、拓郎から聞かされていた。
(私は、お母さんみたいに、概念そのものを定義できるのかな……?)
考えれば考えるほど、自身の能力の奥深さに、アルファは畏敬の念すら抱いた。しかし、同時に、その力の制御の難しさも痛感していた。あの時のように、再び身体が限界を超えてしまうようなことがあれば、今度こそ命に関わるかもしれない。
その時、図書館の席に、ミカがそっと座った。
「アルファちゃん、最近ずっと図書館にいるね。疲れてない?」
ミカの優しい声に、アルファは顔を上げた。ミカの隣には、かつてアルファを嘲笑していたクラスメイトたちが、申し訳なさそうに立っていた。彼らは、アルファに謝罪し、今では彼女の周りをうろつくことはなくなったが、それでも時折、心配そうにアルファを見つめることがあった。
「うん、大丈夫。もっと自分の力を知りたいと思って」
アルファが答えると、ミカは微笑んだ。「アルファちゃん、本当に変わったよね。前は、あんなに自信なさげだったのに」
「そうだよな。俺たち、本当に最低だったよ。お前は、俺たちの想像を遥かに超える、とんでもない奴だった」
クラスメイトの一人が、頭を下げて言った。
アルファは、彼らに向かって小さく微笑んだ。「ううん。私だって、みんなにバカにされて、すごく辛かった。でも、だからこそ、強くなりたいって思えたんだ」
彼らは、アルファの言葉に、何も言えずにただ頷いた。
神鳴学園でのアルファの評価は、完全に逆転した。彼女はもはや「落ちこぼれ」ではない。「吉本家の期待の星」「神・日本の未来を担う神子」として、教師たちからの指導も熱心になり、他の生徒たちも、彼女に畏敬の念を抱きながらも、どこか憧れの眼差しを向けるようになっていた。
しかし、アルファにとって、本当の戦いはこれからだった。
学園の校長室で、学長と拓郎、四葉、結衣、宗介が揃ってアルファを待っていた。
「アルファ。お前は、あの浮遊大陸の件で、自身の能力の『真価』を開花させた。だが、その力は、まだ荒削りだ。このままでは、お前自身を危険に晒すことになる」
学長が、真剣な表情でアルファに告げた。
「そこで、学園は、お前のための特別な訓練プログラムを組むことにした。それは、お前の『空間操作』能力を、より高次の『概念操作』へと昇華させるためのものだ」
拓郎が、アルファの目の前に、分厚い資料を広げた。そこには、アルファの能力に特化した、前例のない訓練内容が記されていた。
「これからは、この学園が、お前の力を完全に制御し、真の『神子』として覚醒させるための場所となる」
四葉が、力強くアルファに告げた。その瞳には、厳しさと共に、孫娘への深い愛情が宿っている。
結衣と宗介も、アルファを優しく見守っていた。彼らは、アルファが自身の力と向き合い、更なる高みへと進むことを望んでいた。
アルファは、資料を手に取り、その内容に目を通した。それは、これまで経験したことのない、過酷な訓練の連続を予感させるものだった。しかし、彼女の心には、もう迷いはなかった。
「はい! やります!」
アルファは、力強く答えた。
彼女はもはや「落ちこぼれ」ではない。この神・日本、ひいては世界の未来を担う、新たな「概念の守り手」として、アルファの新たな学園生活が、今、本格的に始まったのだ。彼女は、自身の力をどう使い、どう成長していくのか。そして、その旅路の先に、何を見出すのか。それは、まだ誰も知らない、新たな物語の始まりだった。




