6話:不意打ちの会話
拓郎は、ミレイの後ろ姿をぼんやりと眺めていた。普段の彼は、生徒会長であるミレイ・フレスターと直接言葉を交わすことなど、ほとんどない。ましてや、彼女が自分に話しかけてくることなど、夢にも思わなかった。彼女は常に凛としていて、遠巻きに眺めるべき「高嶺の花」だった。
しかし、今日は違った。
「吉本君」
不意に、声がした。拓郎はびくりと肩を震わせ、慌てて視線を向けた。ミレイが、いつの間にか本を閉じ、こちらを向いている。その瞳は澄んでいて、昨日の冷徹な表情とも、いつもの毅然とした生徒会長の顔とも違う、どこかソワソワしたような落ち着きのなさがあった。
「えっ……はい!」
拓郎は思わず大きな声で返事をしてしまい、クラスメートの何人かがちらりと彼らを見た。ミレイは、その視線には気づいていないのか、気にしないのか、わずかに眉を寄せながら口を開いた。
「あの……その、今日の朝食は……どうだった?」
唐突な質問に、拓郎は面食らった。朝食?
「あ、えっと……その、美味しかったです、はい」
拓郎はしどろもどろに答えた。彼の脳内では、今朝の鉄骨落下事件、リンスの香り、そして彼の命を救った九尾の狐の少女が、全てマケドニアバーガーの朝食と結びつき、奇妙なパレードを繰り広げていた。
ミレイは、拓郎の返事を聞くと、ふと視線を窓の外に逸らした。その横顔には、僅かな戸惑いのようなものが浮かんでいる。
「そうか……それは、良かった」
どこか安心したように呟くと、彼女は再び本を開き、何事もなかったかのように読書に戻ってしまった。
(え? それだけ……?)
拓郎は拍子抜けした。てっきり、今朝の事件について何か聞かれるのかと思っていた。だが、彼女が気にしたのは、朝食の感想だけだった。そして、その質問をすること自体に、異常なほどソワソワしていたように見える。
彼は困惑した。生徒会長のミレイ・フレスターは、一体何を考えているのか? 彼女のこの不可解な行動は、彼の胸に新たな疑問を投げかけた。
彼女の「普通」ではない一面を目の当たりにし、拓郎の好奇心は、神の力だけでなく、目の前の生徒会長の正体へと、より深く傾倒していくのだった。