1話 桜舞い散る再会と不穏な兆し
春風が心地よく吹き抜ける、桜並木の通学路。吉本アルファは、鮮やかなピンク色の花びらが舞う中を、大きなランドセルを揺らしながら歩いていた。
彼女の髪は、母・結衣の白とオレンジが混じり合った色と、父・宗介の穏やかな茶色が溶け合ったような、柔らかなオレンジ色。そして、祖母・四葉譲りの、どこか神秘的な赤色が混じる瞳は、目の前の世界を真剣に捉えていた。頭には、ふわふわとした愛らしい狐の耳が、ぴょこんと揺れている。
今日は、神と人のハーフが通う、エリート中のエリート校、「神鳴学園」の入学式だ。吉本家は、曾祖母から続く日本の守護神の盟主であり、母は異次元の概念すら定義する「概念の守り手」。父もまた、その母によってこの世界に「定義」された特別な存在だ。そんな偉大な家族を持つアルファにとって、この学園は「当たり前」の進路だった。
しかし、アルファの心は、晴れやかな空とは裏腹に、どこか重かった。
(みんな、すごい魔法使いになるんだろうな……)
アルファが生まれながらに持つ力は、空間操作能力。その基本は、たった一つ。「物理的にモノを浮かせ、操ること」。幼い頃は、庭の小石を浮かせるだけでも大喜びしてくれた母や祖母の姿を、今でも鮮明に覚えている。しかし、学園で目にする同級生たちの能力は、炎を操り、水を自在に動かし、空間を捻じ曲げて瞬間移動するような、華やかで実用的な魔法ばかりだ。
「アルファちゃん!」
背後から、明るい声が聞こえた。振り返ると、同じ制服に身を包んだ、幼馴染のミカが笑顔で立っていた。彼女もまた、古くからの神の家系の生まれだ。
「ミカ!早いね!」
「アルファちゃんこそ!今日からいよいよ神鳴学園かー!楽しみだね!」
ミカは屈託のない笑顔を見せるが、アルファは曖昧に頷くことしかできなかった。この学園は、出世街道の近道。将来、治安管理局や政府の中枢、あるいは神々の祭祀に関わるエリートになるための道だ。当然、誰もが何かしらの「すごい」能力を持っている。
(私の力なんて、石ころ一つ浮かせるのが精々。親の面汚しになるだけだ……)
そんな不安が、アルファの胸を締め付ける。
入学式が終わり、教室へと向かう途中、アルファは耳をすました。廊下のあちこちから、クラスメイトたちのひそひそ話が聞こえてくる。
「ねえ、あれが吉本アルファだよ」「噂の、あの落ちこぼれ?」「石ころ程度しか浮かせられないのに、なんでエリート校にいるんだろうね」「親が偉大だからって、能力まで受け継ぐわけじゃないんだね、残念」
直接言われているわけではない。しかし、その囁きは、アルファの狐耳には、刃のように鋭く突き刺さった。彼女は、俯き加減に、一刻も早くこの場を立ち去りたい一心で足早に歩いた。赤い瞳の奥の光が、ほんの少し揺らぐ。
(私だって、本当は……)
アルファは、そっと自分の手のひらを握りしめた。その指先には、まだ見ぬ自分の可能性が、眠っていると信じたかった。しかし、学園生活は始まったばかり。このエリート校で、彼女を待ち受ける現実を、アルファはまだ知る由もなかった。
吉本アルファ
吉本アルファの学園生活が始まりました。彼女の能力への不安と、周囲からの冷ややかな視線。次話では、学園での具体的な授業や訓練を通して、彼女が直面する困難が描かれることになります。
次回、第二話「エリート校の洗礼」にご期待ください。




