未来の定義
結衣と宗介は、全ての「認識」を破壊しようとする「無知なる真理」の神に向かって、一歩足を踏み出した。その神から放たれるおぞましい波動は、彼らの存在そのものを「認識不能」に陥れようとする。目の前で、現地の守護神や治安管理局の隊員たちが次々と意識を失い、まるで最初から存在しなかったかのように、その姿が曖昧になっていく。
(このままじゃ、みんなが消えてしまう……!)
結衣は、自身の「幻想武装」を強く握りしめた。彼女の身体から、かつてないほどの白とオレンジの光が放たれる。宗介もまた、結衣の隣で、決意の表情でその身体から淡い水色の光を収束させていた。彼らの光は、まるで互いを映す鏡のように、強く輝きを増していく。
「ワタシハ……ミチナルユエニ……ソンスル……! リカイハ……ホロビヲ……モタラス……!」
「無知なる真理」の神の声が、結衣の心に直接響いてきた。それは、知られることを拒み、しかし、知られなければ存在できないという、矛盾した願いを持った、哀しい叫びだった。
(知ることだけが、全てじゃない……。知らないことの中にだって、無限の価値があるはず!)
結衣は、自身の「概念定義」能力で、その「無知なる真理」に、新たな「定義」を与えることを決意した。それは、ただ「知る」ことの肯定でも、「知らない」ことの否定でもない。二つの概念が共存し、新たな価値を生み出す「定義」だ。
「幻想武装、概念定義! 『深淵なる探求』!!」
結衣は、宗介と共に、魂の叫びのように引き金を引いた。
ドォォォン!!
二人の放った光の塊は、互いに絡み合い、螺旋を描きながら、巨大な「無知なる真理」の神へと吸い込まれていく。光が当たった瞬間、「無知なる真理」の神は激しく収縮し、その複数の目と口が、まるで宇宙の星々のように瞬き始めた。周囲に放たれていた「認識破壊」の波動も、急速に収束し、意識を失っていた人々が、ゆっくりと目を開いていく。
光が収束すると、そこには、異形の姿から一変し、夜空を映したかのような深い青色の衣を纏い、無数の星が瞬くような瞳を持つ、穏やかな姿の『真理の探求の神』が立っていた。その神からは、知ることの喜びと、未知への畏敬が共存するような、温かい波動が放たれている。
『真理の探求の神』は、結衣と宗介に深々と頭を下げた。
「感謝いたします、吉本結衣、鈴木宗介。貴女たちのおかげで、我々は、再び、この世界に存在意義を見出すことができました。我々は、この世界の『未知』を司り、人々が『真理』を『探求』する喜びを与えるべく、尽力いたしましょう」
『真理の探求の神』の言葉に、結衣と宗介は安堵のため息をついた。ピラミッド周辺の混乱は収まり、空には穏やかな光が差し込んでいた。
戦いは終わった。世界各地で発生していた「概念の歪み」は収束し、「世界の境界線の希薄化」も食い止められた。結衣と宗介の活躍により、異次元からの脅威は退けられ、神・日本国、ひいては世界の平和が守られたのだ。
その夜、吉本家では、四葉と拓郎、そして結衣と宗介を囲んで、ささやかな祝勝会が開かれていた。テーブルには、四葉が腕を振るった豪華な料理が並んでいる。
「よくやった、結衣! 宗介も! お前たちは、ワラワの想像を遥かに超える力を示したぞ!」
四葉は、心底嬉しそうに二人の頭を撫でた。拓郎もまた、感動で目を潤ませながら、二人の活躍を褒め称える。
「結衣の『概念定義』と、宗介くんの『定義された存在』としての特性が融合し、『深淵なる探求』という新たな概念を生み出したんだ! これは、神の歴史にも類を見ない、奇跡的な出来事だ!」
拓郎は熱弁を振るうが、結衣と宗介はただ照れくさそうに笑い合った。
数年後、結衣は大学に進学し、宗介も同じ大学で、結衣の研究を支えるべく、新たな分野を学び始めていた。二人は、休日には連れ立って「概念の歪み」の残存処理にあたることもあったが、以前のような命をかけた戦いは、ほとんどなくなっていた。世界は、緩やかに、しかし確実に「神と人、そして概念の共存」の時代へと移行しつつあった。
ある春の日、吉本家の庭の桜の木の下で、結衣と宗介は、満開の桜を見上げていた。
「宗介くん……私、思ったんだ」
結衣が呟くと、宗介は優しく結衣を見つめた。
「うん?」
「私たちの『概念』の力が、この世界に新しい命を定義できるんじゃないかって……」
結衣の言葉に、宗介は目を見開いた。そして、その意味を理解した瞬間、彼の頬は、桜の花びらのように赤く染まった。
数年後。
吉本家の縁側で、四葉と拓郎が、微笑ましげに庭を見つめていた。庭の桜の木の下には、結衣と宗介が、小さな赤ちゃんを抱いて座っている。
その赤ちゃんの髪は、結衣の白とオレンジのロングヘアーと、宗介の茶色の髪が混じり合ったような、柔らかなオレンジ色だった。そして、その瞳は、四葉と同じ、生命力に満ちた赤い瞳。頭には、まるで小さな飾り物のように、愛らしい狐の耳がちょこんと生えている。
「ふむ……まさか、お前たちの間に、ワラワの血と、お前たちの『概念』が融合した、新たな命が生まれるとはな……」
四葉が感慨深げに呟くと、拓郎は、感動で目を潤ませながら頷いた。
「ええ……彼女は、まさに『神と人の未来』そのものだ……」
桜の花びらが舞い散る中、結衣は、愛おしそうに赤ちゃんを抱きしめ、宗介は、その二人を優しく見守っていた。彼らの間に生まれたこの命は、結衣と宗介の「概念の守り手」としての旅が、新たな「定義」の時代を紡ぐ、始まりであることを告げていた。




