忘れられた概念
拓郎の口から出た「忘れ去られた、ある『概念』による繋がり」という言葉は、結衣の心に大きな波紋を広げた。宗介から感じた、あの微細で、しかし確かな「歪み」。それは、決して危険なものではなく、むしろ結衣の心に温かい、懐かしい感情を呼び起こすものだった。
その夜、拓郎は四葉の許可を得て、結衣にあの「極秘」ファイルを広げた。中には、古めかしい研究記録と、何枚かの写真が入っていた。
「これは……?」
結衣が手に取った写真は、幼い頃の彼女と、同じく幼い宗介が、手をつないで笑っているものだった。二人の背景には、どこか見覚えのある、しかし現実には存在しないような、夢幻的な公園が広がっていた。
「結衣、よく見てほしい。この写真の公園は、現実には存在しない。そして、この宗介くんも、当時はまだ生まれていなかったはずなんだ」
拓郎の言葉に、結衣は息をのんだ。写真に写る宗介は、確かに幼い自分と全く同じくらいの背丈だ。
「これは、君がごく幼い頃、無意識に発動した『概念生成』の産物だ」
拓郎は静かに語り始めた。
「君は、幼い頃から、この世界の『定義』を感知する能力を持っていた。そして、当時、人々の間で忘れ去られつつあった、ある『概念』を、無意識のうちに『具現化』しようとしたんだ。それが、この公園であり、そして、『君の幼い頃の『理想の遊び相手』としての宗介くん』の姿だったんだ」
結衣は、衝撃を受けた。宗介は、自分が幼い頃に無意識のうちに生み出した「概念」だったというのか。そして、彼から感じた「歪み」は、彼が「概念」として生まれた存在であることの証だった。
「その『理想の遊び相手』という概念は、一時的に形を成したが、当時の君には、まだそれを完全に定着させるだけの力がなかった。結果として、宗介くんという概念は、この世界の『狭間』へと消え去ってしまったんだ。だが、君の潜在意識の中には、彼との『繋がり』がずっと残り続けていた」
拓郎は、結衣の顔を見つめた。
「そして、君の『概念定義』能力が覚醒し、さらに『概念生成』へと進化したことで、その『繋がり』が再び強まり、鈴木宗介くんは、『現実世界に、肉体を持って生まれ変わった』んだ」
結衣は、拓郎の話のスケールの大きさに、ただ茫然と立ち尽くした。自分が、一人の人間を、この世界に「生み出して」いた?
「バカな! 人間を創造するなど、それは神の領域をも超える所業だぞ、拓郎!」
四葉が、眉間にしわを寄せて拓郎を睨んだ。彼女の顔には、拓郎の常識外れの行動に対する怒りと、そして、娘の能力が持つ底知れない力への警戒の色が混じっていた。
「い、いや、四葉様! これは結衣の無意識の作用であり、僕も予測不可能でした! しかし、彼は確かに人間として生まれてきており、戸籍もちゃんと存在しています!」
拓郎は必死に弁解する。結衣は、目の前の宗介の顔写真と、幼い自分が宗介と手をつないでいる写真を交互に見た。混乱と、そして、胸を締め付けるような切なさが、同時に押し寄せてきた。
(私が……彼を……? だから、あの時、懐かしいって感じたんだ……)
翌日、結衣は学校で宗介と顔を合わせた。彼から感じる「歪み」は、昨日よりもはっきりと感じられるようになっていた。それは、彼が「概念」として生まれた存在であることの証であり、同時に、結衣と彼との間に、確かに特別な「繋がり」があることの証でもあった。
昼休み、宗介は屋上で、一人で参考書を広げていた。結衣は意を決して、彼の隣に座った。
「ねぇ、宗介くん。もしかして、昔、どこかで会ったことある?」
結衣が尋ねると、宗介は驚いたように結衣を見た。
「え? 中学以来、じゃないかな? でも……僕も、吉本さんと初めて会った時、なんか、懐かしいって思ったんだ」
宗介は、少し照れたように笑った。その笑顔に、結衣は胸が締め付けられる思いだった。彼は何も知らない。自分が、彼を生み出した存在だということを。
「結衣、放課後、時間あるか? 実は、最近ハマってるお店があって、吉本さんも絶対好きだと思うんだ!」
宗介は、嬉しそうに誘ってきた。結衣は、少し迷ったが、彼の「概念」の正体を知りたいという気持ちと、彼への好奇心から、誘いを受けることにした。
「うん、行く!」
結衣が笑顔で応じると、宗介も嬉しそうに笑った。その笑顔は、結衣の心に、暖かく、そして少しだけ切ない光を灯した。
宗介との「忘れられた概念」による繋がり。そして、彼への、まだ定義されていない「恋心」。結衣の「非凡な」日常に、新たな感情の嵐が吹き荒れようとしていた。




