桜舞い散る再会
春。新年度が始まり、吉本結衣は高校三年生に進級した。桜並木が続く通学路を歩きながら、結衣はふぅとため息をつく。最近は「概念の狭間」に囚われた者たちの出現も落ち着き、一応の平穏は訪れていた。だが、それは結衣にとって「概念定義」能力をフル活用する日常が常態化した、ということでもあった。
「あーあ、普通の高校生活って、一体どこにあるんだろうね……」
結衣が独りごちたその時だった。前方から、慌てた様子の男子生徒が走ってくるのが見えた。彼は、手に大量の参考書を抱えており、どうやら遅刻寸前のようだ。
「うわっ!」
曲がり角を曲がった瞬間、その男子生徒と結衣は、正面衝突してしまった。
「いったぁ……」
尻もちをついた結衣の目の前には、散らばった参考書と、同じく地面に座り込んだ男子生徒の姿があった。彼は、茶色の少し癖のある髪に、優しそうな目をした、どこか頼りなさげな雰囲気の男の子だった。
「ご、ごめん! 大丈夫!?」
男子生徒は慌てて謝り、結衣に手を差し伸べてきた。その手を取ろうとした瞬間、結衣の脳裏に、彼から放たれる微かな「歪み」の感覚が走った。それは、危険な「概念の狭間」に囚われた者たちとは違う、ごく微細で、どこか懐かしいような、それでいて切ない「歪み」だった。
(あれ? この感じ……どこかで……?)
結衣は彼の手を取り、立ち上がった。
「ううん、私も前見てなかったから。……もしかして、〇〇中学校の?」
結衣が尋ねると、彼は驚いたように目を見開いた。
「え!? なんで分かったの!? あ、俺、鈴木宗介! 君、吉本さんだよね? もしかして、中学の時、陸上部だった?」
鈴木宗介と名乗る彼は、結衣の顔を見て、はっとしたような表情になった。結衣も、その名前に記憶の断片が繋がっていくのを感じた。
「そうだよ! 鈴木くん! 久しぶり! 私、吉本結衣!」
二人は、数年ぶりの再会に、互いに笑顔を向けた。宗介は、中学時代、陸上部のエースで、結衣と同じクラスになったこともあった。卒業以来、全く会っていなかったはずなのに、なぜかこの再会に、結衣は不思議な縁を感じていた。そして、彼から感じる「歪み」の感覚が、さらに強まるのを感じた。
(この人……私が、忘れてる何かを知ってる?)
その日の放課後、結衣は拓郎の研究室を訪れた。
「パパ、今日ね、中学の同級生に会ったんだ。鈴木宗介くんって言うんだけど……」
結衣が話し始めると、拓郎はパソコンから顔を上げ、結衣の顔をじっと見つめた。
「宗介、だと……? その名前は……」
拓郎の顔に、いつになく真剣な表情が浮かんだ。彼の様子に、結衣は内心ドキリとする。
「あの、パパ? 何か知ってるの?」
結衣が尋ねると、拓郎はゆっくりと立ち上がり、研究室の奥にある、厳重に保管されたファイルを取り出した。そのファイルには、何重にも封が施されており、「極秘」と書かれていた。
「結衣……実は、その鈴木宗介くんと、君には、忘れ去られた、ある『概念』による繋がりがあるんだ……」
拓郎の言葉に、結衣は息をのんだ。宗介から感じた微かな「歪み」の感覚。そして、あの懐かしいような、切ない感覚。その全てが、拓郎の言葉と繋がっていく。
結衣の非凡な日常に、新たな「概念」が交錯する恋の予感が、桜の花びらと共に舞い降りてきたのだった。
吉本結衣




