はちゃめちゃ一家の日常 (13)
ヘリコプターが東京タワー上空に到達すると、結衣の目に飛び込んできたのは、息をのむような光景だった。東京タワーそのものが、まるで透明な水の底に沈んでいるかのように歪み、その輪郭が曖昧になっている。そして、その根元には、巨大な「顔のない神」が静かに佇んでいた。その姿は、人の形をしているようで、しかし黒い影絵のようで、確かな形を認識できない。
「くっ……! まだ進化しているのか!」
ヘリの窓からその神の姿を視認した四葉が、苦々しげに呟いた。その神から放たれる「無意味」の波動は、直接的な攻撃ではないが、周囲の全てから「存在意義」を奪い去っていくような、ゾッとする感覚だった。
「四葉様!これ以上は危険です! 波動の影響でヘリの電子機器にも異常が……!」
操縦士が焦った声を上げた。
「結衣よ! 早くするのだ!」
四葉の言葉に、結衣は深呼吸をした。恐怖はある。しかし、目の前で東京のシンボルが失われていく光景を見て、自分が止めるしかないという使命感が、彼女の心を奮い立たせた。
結衣は、意を決してヘリから飛び降りた。宙に浮く体は、すぐに四葉の神力に支えられ、東京タワーの展望台へと降ろされる。足元に立つと、東京タワーの鉄骨がまるで砂糖菓子のように脆く、すぐにでも崩れ落ちそうに見えた。
「ママ、どうすればいいの!?」
結衣は、すぐ後ろに降り立った四葉に尋ねた。
「あの神は、対象の『定義』を破壊しておる。ならば、お前の『幻想武装』で、その『定義の破壊』を『分解』してみせろ!」
四葉は簡潔に指示した。結衣は、言われた意味を理解しきれないまま、ハンドガンを構えた。彼女の『幻想武装』は、魔力を持つ存在を分解し、そうでない対象を物質分解する。だが、「概念」を分解するなんて、果たして可能なのだろうか?
結衣は、東京タワーそのものから発せられる「無意味」の波動と、巨大な「顔のない神」に照準を合わせた。
(概念を分解する……? 意味が分からない! でも、パパは言ってた。『対象の魔力密度に応じて、分解エネルギーを変換』って……)
結衣の頭脳が、必死に思考を巡らせる。この「顔のない神」は、最古参の神を消滅させたほどの力を持つ。つまり、途方もない量の魔力を持つはずだ。その魔力密度を感知し、それを「定義を破壊する魔力」として認識すれば……。
「……やってやる!」
結衣は、自身の白とオレンジの混じったロングヘアーが逆立つほどの集中力で、ハンドガンを神へと向けた。彼女の全身から、あの白とオレンジの淡い光が、再び迸り始める。
「幻想武装、概念分解!!」
結衣は叫び、引き金を引いた。
ドォォォン!!
閃光が夜の東京を切り裂き、爆音が轟いた。放たれた光の塊は、東京タワーを侵食していた「無意味」の波動を貫き、まっすぐに「顔のない神」へと吸い込まれていく。
光が当たった瞬間、「顔のない神」の輪郭が激しく揺らぎ始めた。その姿は、まるで霧が晴れるかのように薄くなり、周囲に漂っていた「無意味」の波動も、急速に収束していく。東京タワーの歪みも、少しずつ元に戻っていくのが見て取れた。
「成功か……!?」
結衣は、息をのんでその光景を見守った。
「くっ……ワタシヲ、ブツリョクデタタケバヨカッタノニ……。コノ、イレギュラーメ……!」
「顔のない神」から、まるで怨嗟のような、不気味な声が響いた。そして、その言葉を最後に、神の体は完全に霧散し、跡形もなく消滅した。
東京タワーは、完全に元の姿を取り戻していた。周囲に漂っていた不気味な気配も消え失せ、人々は、何が起こったのか理解できないまま、ただ茫然と上空を見上げている。
結衣は、安堵から膝から崩れ落ちた。全身から力が抜け、汗が目に入って沁みる。
その時、四葉が結衣の元へ歩み寄り、その頭を優しく撫でた。
「よくやったな、結衣。お前は、この世界の秩序を救ったのだ」
四葉の言葉に、結衣は戸惑いながらも、どこか誇らしい気持ちになった。
「でも、ママ、あの神様、最後に『イレギュラー』って言ってたけど……」
結衣の問いかけに、四葉は鋭い目つきで空を見上げた。
「ふむ……。やはり、奴らはワラワたちの知る神とは異なる存在。そして、お前の能力が、奴らにとって『イレギュラー』であるならば……」
四葉は、不敵な笑みを浮かべた。
「この騒動は、まだ序章に過ぎぬかもしれぬな」
結衣は、四葉の言葉に背筋が凍りついた。彼女の「非凡な」日常は、これから本格的な「神と概念の戦争」へと発展していくのかもしれない。




