はちゃめちゃ一家の日常 (11)
田中の緊急報告に、吉本家は静まり返った。拓郎は顔面蒼白になり、四葉の表情からもいつもの余裕が消え失せていた。結衣の脳裏には、昨夜の夢に現れた「顔のない神々」の姿が鮮明に蘇る。
「……全ての神像や石像が消滅だと? 一晩のうちに、それも跡形もなく……」
四葉が呟く声には、珍しく動揺の色が混じっていた。それは、彼女の知る「神隠し」とは異なる、明らかな異常事態だった。
「はい。しかも、その直後から、各地で正体不明の神々が出現し、奇妙な言葉を発していると……」
田中は震える声で続けた。
「その『顔のない神々』は、どのような姿をしているのだ?」
拓郎が必死に冷静を保とうとしながら尋ねた。
「それが……報告によって差異がありまして。ある者は巨大な影のようだと。ある者は、まるで絵画から抜け出してきたかのような姿だと。しかし、共通しているのは、顔の部分が常に曖昧で、認識できないという点です」
田中の説明に、結衣は心臓が凍りつくのを感じた。あの夢だ。あの写真だ。全てが繋がっていく。
「ワタシハ、アナタヲマッテイタ……」
夢の中の声が、耳元で蘇る。結衣は、無意識のうちに、自分の両手をぎゅっと握りしめていた。
「四葉様、拓郎様。至急、対策会議へご出席を。神装部隊はすでに各地の『顔のない神々』の出現ポイントへ展開中です」
田中の言葉を受け、四葉は大きく息を吐き出した。その表情は、再び盟主としての厳格なものに戻っていた。
「分かった。田中、すぐに手配せよ。結衣も来るのだ」
「え、私も!?」
結衣は驚いた。ただの女子高生である自分が、神・日本国の最高幹部が集まる会議に出席するとは。
「うむ。お前の能力が、この事態を解き明かす鍵となるやもしれぬ。それに……この騒動の根源が、ワラワの『めおと』と娘にある可能性も否定できぬからな」
四葉はそう言って、拓郎をちらりと見た。拓郎は「え、また僕のせい!?」と情けない声を上げたが、四葉は気にも留めない。
治安管理局本部の対策室は、異様な緊迫感に包まれていた。部屋の中央には、神・日本国の地図が広げられ、各地で発生した「顔のない神々」の出現ポイントが赤く点滅している。神装部隊の幹部たちが、深刻な顔で議論を交わしていた。
「報告します! 新宿区で出現した『顔のない神』が、無差別に人々の『信仰心』を吸収しています! 被害は甚大です!」
「渋谷区では、出現した神が、周囲の建物を『概念』へと変換しています! 物理的な攻撃が一切通用しません!」
次々と入ってくる報告は、どれも常識を逸脱したものばかりだった。神々が引き起こすトラブルはこれまでも多々あったが、これほどの規模と不可解さは前代未例だ。
結衣は、状況を理解するにつれて、自身の「幻想武装」が持つ「分解能力」が、この事態と密接に関わっていることを確信した。最古参の神の消滅。そして、全ての神像の消失。これらは、まさに「分解」のなせる業ではないか。
「まさか……私が、あんな力を……」
結衣が震える声で呟くと、隣に座っていた拓郎が、厳しい顔で結衣を見た。
「結衣、お前の能力は、確かに『分解』の側面を持つ。だが、この規模の現象を引き起こすには、お前の力だけでは不可能だ。それに、この『顔のない神々』は、お前のハンドガンとは明らかに異なる現象を起こしている」
拓郎はそう言うと、ホワイトボードに書き出された「顔のない神々」の特徴を指差した。
「この『概念変換』や『信仰心吸収』といった現象は、僕らが知る分解とは違う。まるで、『定義の破壊』を行っているかのようだ」
拓郎の言葉に、四葉が鋭く反応した。
「定義の破壊……。まさか、奴らは『神の概念そのもの』を揺るがそうとしているのか!?」
四葉は立ち上がり、眉間に深いしわを刻んだ。その瞳には、かつてないほどの怒りと警戒の色が宿っていた。
「貴様ら、すぐに全ての神装部隊に指示を出せ! 『顔のない神々』を捕捉し、彼らの行動原理を徹底的に探るのだ! 必要とあらば、結衣の『幻想武装』を使用することも許可する!」
四葉の命令に、幹部たちは一斉に動き出した。結衣は、自分の能力が、こんな未曽有の危機にまで利用されることになるとは、夢にも思っていなかった。彼女の「非凡な」日常は、もはや国の命運を左右する、壮大な戦いの渦へと巻き込まれていくのだった。




