3話:それぞれの場所へ
奇妙なマケドニアバーガーでの朝食後、少女は立ち上がった。その仕草は相変わらず優雅で、つい先ほど鉄骨を止めた九尾の狐の盟主と同じ存在だとは、にわかには信じがたい。
「では、ワラワはこれで。くれぐれも、今日のことは他言無用で頼む」
彼女は拓郎に視線を送ると、小さく頷いた。その言葉には、治安管理局員としての厳格さが同居しているように拓郎には感じられた。拓郎は、ただぼんやりと頷くことしかできなかった。
少女はスマートフォンの画面を一瞥し、軽く会釈すると、店を出て人混みの中へと消えていく。
消化しきれない情報が渦巻き、拓郎はまるで夢でも見ているような心地だった。
「はぁ……」
彼は深いため息をつき、重い足取りで学校へと向かった。昨日の平凡な日常は、あの鉄骨とともに砕け散ったのだ。これから彼の日常がどう変わるのか、想像もつかなかった。
ただ一つ確かなのは、もう「神の力は信じない」とは言えなくなったことだ。そして、彼の軍事オタクとしての好奇心が、これまで到達し得なかった、新たな領域へと引きずり込まれようとしている予感だけがあった。
一方、マケドニアバーガーを出た四葉様は、人目がない路地裏へと足を踏み入れた。
「ちっ……全く、不注意な神どもめ。これでは、人間社会の秩序が保てぬ」
彼女は忌々しげに舌打ちした。神の国の盟主として、この融合した世界の安定を誰よりも願っているにもかかわらず、一部の神々のアニメへの熱狂は目に余るものがある。
特に、あれだけの神力を使ってまでワンシーンを再現しようとするその執着は、四葉には全く理解できないものだった。
「だが、神装師部隊の設立は急務。隊長として、早急に体制を整えねば」
彼女はふと、先ほどの拓郎の顔を思い出した。あの動揺ぶりは、まだ「神の力」に慣れていない人間の典型的な反応だ。しかし、彼の瞳の奥に、何か探求しようとする光がちらりと見えたような気がした。それが何であれ、秩序を乱す方向へと進むならば、容赦はしない。それが彼女の務めだ。
四葉は、周囲に誰もいないことを確認すると、一瞬だけ神力を解放した。白色の残像を残し、彼女の姿は空へと舞い上がる。高層ビル群の合間を縫うように、まるで矢のように高速で飛行していく。
「よし、間に合うな」
彼女が目指すは、拓郎と同じ学舎。生徒会長としての職務もまた、彼女の重要な「日常」の一部なのだ。何事もなかったかのように、学校の門をくぐるために。