はちゃめちゃ一家の日常 (4)
「ひぃっ!?」
悲鳴を上げて逃げ惑う人々。そして、巨大な稲荷寿司から生えた無数の触手が、まるで意思を持っているかのように、結衣たちに向かって伸びてくる。結衣は、反射的にスマホを握りしめたまま、その場に立ち尽くした。
(どうしよう……ママに連絡しなきゃ……でも、間に合うの!?)
その時、一際太い触手が、結衣の目の前に迫った。避ける間もなく、結衣の体は触手に絡め取られ、宙へと引きずり上げられる。
「きゃあ!」
結衣は思わず悲鳴を上げた。触手はねっとりと彼女の体を締め付け、まるで獲物を捕らえた蛇のように、じりじりと締め上げてくる。息が苦しく、視界が歪む。
「結衣ちゃん!」
美咲の叫び声が聞こえたが、彼女もまた、別の触手に捕らえられそうになっていた。
(このままじゃ……!)
結衣の脳裏に、両親の顔が浮かんだ。精気を吸い取られた父・拓郎の顔。そして、どんな時でも冷静で、圧倒的な力を見せる母・四葉の姿。
「……神の力と人間の知恵が宿っておる」
四葉の言葉が、結衣の頭の中で響いた。自分にも、神の力が宿っている? そんなこと、信じられない。これまで、特別な力なんて感じたことはなかった。
しかし、この絶体絶命の状況で、結衣の心に、ある感情が芽生えた。それは、恐怖を凌駕する、強い怒りだった。
(ふざけないでよ……! せっかくの遠足なのに……! みんなを、こんな目に遭わせて……!)
その怒りが、結衣の体内で熱い塊となって膨れ上がっていく。白とオレンジの混じったロングヘアーが、まるで意思を持ったかのように逆立ち、微かに光を放ち始めた。
「離しなさいよ、このバケモノ!!」
結衣が叫んだ瞬間、彼女の全身から、眩いばかりの光が迸った。それは、母・四葉が怒った時に放つ、あの赤いオーラとは異なる、白とオレンジが混じり合った、淡い光だった。
光は、結衣を拘束していた触手を焼き切るかのように、一瞬にして蒸発させた。結衣の体は、重力に従って砂利の上に落下する。
「うっ……」
尻もちをついた結衣は、痛みに顔を歪めながらも、すぐに立ち上がった。彼女の体からは、まだ微かに光が放たれている。そして、その手には、まるで何もない空間から現れたかのように、見慣れないものが握られていた。
それは、まるで軍事オタクの父が喜びそうな、未来的なデザインのハンドガンだった。
「え……?」
結衣は、自分の手に現れた銃に、呆然と目を丸くした。これは、一体……?
巨大な稲荷寿司の化物は、結衣の放った光と、彼女の手に現れた銃に、一瞬たじろいだかのように動きを止めた。しかし、すぐに再び触手を伸ばし、結衣へと襲いかかってくる。
結衣は、反射的に銃を構えた。彼女の指が、まるで意思を持ったかのように、引き金に触れる。
パンッ!
乾いた発砲音が響き渡り、光の弾が稲荷寿司の化物の触手へと吸い込まれていく。弾が当たった箇所から、触手が溶けるように消滅した。
「い、いける……!」
結衣は、自分の能力に驚きながらも、確かな手応えを感じていた。彼女の心には、恐怖よりも、この状況を打開できるかもしれないという、かすかな希望が芽生えていた。




