茅ヶ崎渚の物語(エピソード0)5話
第5章:世界級魔法の激突と覚醒
ついに、大魔女ユイが動いた。空が暗転し、不気味な光が世界を覆う。ユイが、自身の世界級魔法「ドールハウス」を展開したのだ。それは、世界中の魂を人形へと閉じ込めるための、広大な領域支配魔法。街は歪み、人々は恐怖に凍りつき、まるで糸の切れた人形のように倒れ伏していく。
「結衣様!」
ナギの叫びも虚しく、ドールハウスの魔法は容赦なく広がる。しかし、結衣は動じることなく、その瞳に強い光を宿らせた。
「させるものか!」
結衣は、その身に「ゆう様」から受け継いだもう一つの世界級魔法「幻想魔法」を集中させた。そして、その幻想魔法が形を成し、具現化されたのは、「魔法殺し」と名付けられた、異形の力だった。結衣の「魔法殺し」は、ユイの「ドールハウス」の構造を破壊し、その影響を打ち消していく。二つの世界級魔法が激突し、光と闇が渦巻く中、空間そのものが軋みを上げた。
予期せぬ結衣の反撃に、ユイの表情に一瞬の焦りが浮かぶ。彼女は、自身の計画を妨害する結衣に対し、激しい怒りを覚えた。
「無駄な抵抗を……!手下ども!あの女を殺せ!」
ユイの命令を受け、彼女に従う異形の存在たちが、結衣めがけて一斉に襲いかかる。その中には、強大な力を持つ特級危険種以上の炎竜が4体も含まれていた。その巨体から放たれる炎は、街を焼き尽くし、全てを灰に変えようとする。
「守れ!結衣様をお守りしろ!」
神の騎士団団長の叫びが響き渡る。結衣の指揮のもと、彼女を守るため、そしてこの世界の未来のために、神の騎士団が最前線に立った。彼らは炎竜の猛攻に立ち向かい、剣と魔法で抗戦する。
さらに、「ステラ」という組織も独自の魔法と戦術で参戦し、戦場に混乱と秩序をもたらす。そして、広範囲に及ぶ防衛と支援を担うのは、神の国の国防軍。彼らは連携し、ユイの手下たちと炎竜の群れを食い止めようと奮闘した。
ナギは、神の騎士団副団長という立場にありながらも、周囲の騎士たちからはその戦力としての無能さを露骨に、あるいは陰で嘲笑される日々を送っていた。この絶望的な戦場でも、彼女は剣を握る手が震え、足はすくみ、訓練通りに動くことすらできない。
(私には、何もできない……!)
炎竜のブレスが騎士団を飲み込み、悲鳴が上がる。結衣の顔に疲労の色が浮かび始めた。その時、ナギの脳裏に、結衣から告げられた言葉が蘇る。
「私の傍にいてほしい」
それは、彼女への絶対的な忠誠心と、かけがえのない存在だという言葉。
「結衣様を……守る!」
ナギは、結衣への絶対的な忠誠心と、彼女を守りたいという強い思いが極限まで高まったその瞬間、身体の奥底から何かが弾けるのを感じた。
彼女の手に握られていた、いつも持ち歩いているノートとペンが、微かに光を放つ。
「私には……私にしかできないことが……!」
ナギは震える手で、ノートに文字を書き始めた。無意識のうちに綴られる言葉、それは彼女が日頃から物語を紡ぐ中で培ってきた、イマジネーションの結晶だった。
『炎に焼かれぬ、鋼鉄の兵士』
彼女の筆先から文字が躍り出ると、それが光の粒子となって瞬く間に膨れ上がり、戦場の最前線に、数百体もの兵士が具現化したのだ。彼らは甲冑を纏い、剣と盾を構えている。そして、その身体は、炎竜が吐き出す灼熱のブレスを、まるで存在しないかのように通り抜けさせた。
「な、なんだあれは!?」
炎竜の猛攻が完全に無効化されたことに、ユイの手下たちは困惑する。炎に苦しめられていた神の騎士団や国防軍からは、驚きと歓声が上がった。ナギの「無能な副団長」という評価は、この瞬間、完全に覆された。騎士や兵士たちの間には、驚きと、そして希望が満ちていく。
「ナギ……!これは、あなたの……!」
結衣が驚きに目を見開く。ナギはただ、必死にノートに文字を書き続けた。
さらに、ナギは畳み掛ける。彼女の頭に閃いたのは、異世界に転生して初めて直面したあの巨大な恐怖、特級危険種バファモスだった。かつては彼女を打ちのめした存在。だが今、彼女はそれを自身の筆で創造する側となった。
『蹂躙せよ、巨躯の獣』
地響きと共に、巨大なバファモスが戦場に具現化される。その圧倒的な質量と突進力は、ユイの手下たちを次々と薙ぎ倒し、混乱をさらに深めていく。ナギの創造した火炎に耐性を持つ軍隊と、特級危険種バファモスの出現により、これまで劣勢だった結衣側は一気に優勢へと転じた。大魔女ユイの目論見は大きく狂い始め、彼女の表情にも焦りの色が浮かんだ。
しかし、ナギが創造する軍隊には、一つの致命的な弱点があった。その弱点は、彼女の固有魔法「クリエイター」の根源である「文字」に由来する。
(インクは、水に弱い……!)
炎には絶対的な耐性を持つが、彼らは水に触れると、まるでインクが滲むように実体を失い、消滅してしまうという決定的な弱点を抱えていた。ユイはそれに気づくと、すぐさま水系の魔法使いを呼び寄せ、あるいは戦場に水脈を発生させる魔法を試み始めた。ナギは創造に集中しながらも、その弱点を補うための新たな戦術を模索する。




