2話:マケドニアバーガーでの奇妙な再会
吉本拓郎は、自分がまだ生きていることを確認するように、震える手で通学鞄を強く握りしめていた。数分前まで、頭上には数トンもの鉄骨が落下していたのだ。
あの白髪の女子高生……いや、九尾の狐の少女がいなければ、今頃自分は扁平な染みになっていただろう。信じていなかった「神の力」が、彼の命を救った。その事実に、拓郎の理性は激しく動揺していた。
「……あの、大丈夫ですか?」
振り返ると、すぐ隣に少女が立っていた。彼女は、空中で見せたような冷徹な表情ではなく、やや眉を下げ、心なしか心配そうな顔をしている。その姿は、あまりにも「普通」の女子高生で、先ほどの超常的な出来事が嘘のように思えた。
「あ、ああ……なんとか」
拓郎は掠れた声で答える。すると少女は、考えるように顎に指を当て、ふと顔を上げた。
「腹が減ったな。ちょうどいい、あそこの店で食事にしよう。落ち着かないと、話もできんだろう」
彼女が指差したのは、煌びやかな神社の鳥居と、サイバーパンクな高層ビル群が混在する街並みに、何故か何の違和感もなく溶け込んでいるマケドニアバーガーだった。
神の国と現代日本が衝突し、一つになってから、このような光景は最早日常だった。神々が人間のファストフード店でアルバイトをしたり、神と人間の間に家庭が築かれたりすることさえ、もはや珍しいことではない。
拓郎は半ば呆然としながら、少女に促されるままマケドニアバーガーの店内に入った。午前中の店内は比較的空いており、二人は窓際の席に座った。
「ご注文は?」
拓郎は、未だ混乱する頭でメニューを眺める。少女は迷うことなく言った。
「私は朝マケドニアセットを。ポテトはマケポテで、ドリンクはマケソーダ」
その流れるような注文に、拓郎は思わず吹き出しそうになった。神の国の盟主が、朝マケドニアセット。あまりにもシュールな光景だ。拓郎も、半ば思考停止のまま同じものを注文した。
テーブルに運ばれてきたセットを前に、少女は行儀良く紙の袋を開け、マケポテを一本摘まんだ。
「お前は、吉本拓郎、だったか? 治安管理局で記録を確認した。今回の件で、お前の日常に多大な支障が出たことは理解する」
彼女の言葉に、拓郎ははっとした。彼女は俺の名前を知っている。そして「治安管理局」と言った。
「えっと……あなたは?」
拓郎が尋ねると、少女はマケポテを口に運びながら答えた。
「私は、神・日本国、治安管理局の職員だ。」
彼女は今、自分の目の前で、何事もなかったかのように朝マケドニアセットを頬張っている。
彼の頭の中は、命の危機、神の力、軍事利用の可能性という、まったく異なる情報で飽和状態に陥っていた。
少女は、拓郎の動揺を一切気にせず、淡々と語り続けた。
「今回の鉄骨落下事件は、神々の不用意な神力使用によるものだ。我々治安管理局としては、再発防止に努め、秩序を維持する。お前には、その巻き添えになったことについて、何らかの補償がされるだろう」
彼女の言葉は理路整然としていたが、拓郎の耳にはほとんど届いていなかった。彼の心は、目の前の少女が持つであろう底知れない力への畏怖、そして、この信じられない事態への混乱で、いっぱいいっぱいだった。
これは、拓郎の平凡な日常が完全に終わりを告げた瞬間であり、彼が知るはずのなかった世界の扉が、音を立てて開いた瞬間でもあった。