第14話:幻想遊園地の一日
梅雨が明け、夏の日差しが千代田区の街を照りつけるようになった。たくみが大学の帰りに公園の前を通ると、数人の子供たちが、古びた錆びついた滑り台や、壊れたブランコを眺めて寂しそうにしているのが見えた。
「ねぇ、この公園、昔はもっと遊具がいっぱいあったんだって」
「うん、でも、もう使えないのばっかりだね」
子供たちの声が、たくみの耳に届く。彼はその光景を見て、少し心が痛んだ。
屋敷に戻り、四葉にその話をすると、彼女は静かに耳を傾けていた。
「あの公園の子供たちが、昔の遊具を寂しそうに見ていたんです。使えない遊具ばかりで、かわいそうでした」
四葉は少し考え込むような仕草をした後、ふっと顔を上げた。
「そうね……。では、私たちで、あの子たちのために、一日限りの特別な『幻想遊園地』を作ってあげましょうか」
「幻想遊園地、ですか?」たくみは目を丸くした。
「ええ。九尾の力を使えば、不可能ではないわ。もちろん、あなたの協力も必要よ」
四葉の言葉に、たくみの心に希望の光が灯った。四葉の九尾の力を、子供たちの笑顔のために使える。これほど素晴らしいことはない。
「僕、何でも手伝います! どんな遊園地にしましょうか?」
たくみはワクワクしながら尋ねた。四葉はにこやかに、子供たちが喜びそうな遊具や、動物たちのアイデアを次々と口にした。
翌日、たくみと四葉は、あの公園へと向かった。子供たちがいない早朝の時間を選んだ。四葉は、公園の中央に立つと、静かに目を閉じた。彼女の周囲に、淡い光が渦を巻き始める。幻想魔法が発動したのだ。
「さあ、たくみ。あなたは、この公園に、子供たちが喜ぶ遊具のイメージを思い描いてちょうだい。できるだけ、具体的にね」
四葉の声に導かれ、たくみは子供の頃に夢見た遊園地を想像した。空高く舞い上がるブランコ、虹色の滑り台、そして、優しい顔をした幻の動物たち。
たくみがイメージを固めるたびに、公園の空間が揺らぎ、光の粒が形を変えていく。やがて、公園には、虹色の滑り台がそびえ立ち、空高く舞い上がるようなブランコが揺れていた。さらに、可愛らしいユニコーンや、ふわふわの羽を持つ小鳥のような幻の動物たちが、そこかしこを飛び回っている。全てが、半透明の光でできた、しかし、まるで本物のように見える「幻想」の遊園地だ。
「わぁ……すごい! 四葉さん、これ、本当にできますか?」
たくみは思わず声を上げた。四葉の九尾の力は、彼の想像を遥かに超えていた。
「ええ、一日限りだけれど。さあ、子供たちを呼びに行きましょう」
たくみは、近所の子供たちに「秘密の遊園地ができた」と伝えに行った。最初は半信半疑だった子供たちも、公園の入り口から見える幻想的な光景に、目を丸くして歓声を上げた。
「うわぁ! なにこれー! 夢みたい!」
「本当に動いてる! ホンモノの遊園地だ!」
子供たちは、幻想の滑り台を滑り、空中ブランコに乗り、幻の動物たちと戯れた。彼らの純粋な笑顔と、弾けるような笑い声が、公園いっぱいに響き渡る。四葉は、そんな子供たちの姿を慈愛に満ちた眼差しで見つめていた。
「この子たちの笑顔、見てください、四葉さん。こんなに喜んでる!」
たくみが嬉しそうに言うと、四葉は優しく頷いた。
「ええ。子供たちの純粋な喜びは、何よりも私の心を豊かにしてくれるわ。この力が、人の笑顔のために使えるのは、とても幸せなことね」
たくみは、四葉が九尾の力を、個人的な、そして温かい目的のために使う様子を見て、改めて彼女への愛を深めた。彼女は、強大な力を持つ神であると同時に、人々の小さな幸せを願う、優しい女性なのだ。
日が傾き、幻想遊園地がゆっくりと消え始める時間になった。子供たちは名残惜しそうに、それでも満ち足りた顔で家路につく。
「ありがとう、お兄さんとお姉さん! また明日も来てくれる?」
子供たちの問いに、たくみは四葉と顔を見合わせた。
「ごめんね、今日は一日限りなんだ。でも、この思い出は、ずっとみんなの心の中に残るよ」
四葉が優しく答えた。子供たちは少し寂しそうだったが、すぐに満面の笑みで頷いた。
「うん! 絶対忘れない! 最高の思い出だよ!」
子供たちの言葉を聞き、たくみと四葉は互いに顔を見合わせ、微笑んだ。幻想遊園地は消え去ったが、子供たちの心には、かけがえのない記憶と、そして希望が確かに残された。たくみは、四葉と共に、これからも人々の心に寄り添い、小さな奇跡を生み出していくことの喜びを、深く感じていた。




