第6話:ゴミの日の贈物
毎週木曜日の朝は、四葉の邸宅にとって特別な日だ。通常の家庭ごみとは別に、神々が「役目を終えた」と判断した品々、あるいはうっかり落としてしまったような不思議な品が、指定された場所に置かれるのだ。たくみは、もはやそれに驚かない。
「四葉さん、今日は何か珍しいもの、ありました?」
たくみが医学部のオンライン講義を終え、リビングでくつろぐ四葉に声をかけた。四葉は、庭から戻ってきたばかりで、手のひらに乗せたものを彼に見せた。
「ええ、今日はこれよ。とても美しいでしょう?」
それは、淡い虹色に輝く、手のひらサイズの鱗だった。まるで宝石のように煌めき、神秘的なオーラを放っている。しかし、表面にはいくつか小さな傷があり、光沢が一部失われているようにも見えた。
「うわぁ……! これ、すごいですね! 何の鱗ですか?」
たくみが目を輝かせた。こんなに美しい鱗は、見たことがない。
「おそらく、遠い海に住む、龍神の鱗の一部ね。長い時間を経て、役目を終え、神の力は薄れているけれど、まだわずかに輝きが残っているわ」
四葉が優しく鱗をなぞった。
「そうなんですね。でも、こんな貴重なものがゴミとして捨てられてるなんて……もったいない」
「ええ。神々は、もう彼らにとって用がなくなったものには、執着しないものよ。そして、それらは新たな場所で、また違う役割を見つけることもある」
その時、たくみのスマホが鳴った。大学の友人、アカリからのメッセージだった。「今日、サークルの発表会なのに、プレゼン資料が入ったUSB、うっかり水に濡らしちゃってデータが飛んだかも…泣」。
「アカリ、困ってるみたいですね」たくみは眉をひそめた。
「どうしたの?」四葉が尋ねる。
たくみはアカリの状況を四葉に説明した。
「せっかく夜遅くまで頑張って作ったのに……どうにかならないかなぁ」
たくみがそう呟いた時、四葉の手にあった龍神の鱗が、かすかに光を放った。
「あら?」四葉が小さく声を上げる。
「四葉さん、もしかして、この鱗って……」
「ええ。この輝きは、まだかすかながら、物やデータに活力を与える力があるようね。でも、完璧ではないわ。何かが起こるかもしれない」
四葉はたくみを見つめた。
「たくみ、試してみる?」
たくみは一瞬迷ったが、アカリの困り顔が目に浮かんだ。
「はい! やってみましょう! ダメ元でも、何かできるなら」
たくみはアカリに連絡を取り、資料の入ったUSBメモリーを持ってきてもらうよう頼んだ。数分後、アカリが息を切らせて屋敷にやってきた。
「たくみ! 助けて! これがダメだったら、私、留年確定だよぉ!」アカリは泣きそうな顔で、水に濡れたUSBを差し出した。
「大丈夫、僕に任せて。四葉さんが、ちょっと手助けしてくれるかもしれないから」
たくみは四葉から受け取った鱗を、そっとUSBメモリーの上に置いた。すると、鱗から淡い光が放たれ、USB全体を包み込んだ。光は数秒で消え去った。
「これで……どうかな?」たくみがアカリにUSBを渡した。
アカリは半信半疑で、持参していたノートパソコンにUSBを差し込む。祈るような気持ちでアイコンをクリックすると……。
「えっ? 開いた! 資料が全部戻ってる! しかも、なんか、文字がピカピカしてる?!」
アカリの驚きの声が屋敷に響いた。画面には、確かに資料が表示されていた。だが、文字の一部が金色の光を放ち、図表が立体的に浮き上がって見える。まるで、生きているかのように。
「わあ! すごい! 何これ、めっちゃプレゼン映えしそう!」アカリは歓声を上げた。
たくみも四葉も、その意外な結果に驚いた。鱗の力が、ただデータを復元するだけでなく、資料そのものに「輝き」を与えたのだ。
「四葉さん、これって……」たくみが尋ねた。
「そうね。きっと、龍神の持つ、全てを活性化し、魅せる力が、残り滓として現れたのでしょう。ただ、完璧な元の姿に戻す力はなかったみたいね」
その夜、アカリはサークルの発表会で大成功を収めたと、興奮気味にたくみに電話をかけてきた。
「たくみ! みんな、私の資料に釘付けだったよ! プレゼン大成功! これで単位も安泰だぁ! ありがとう、本当にありがとう!」
たくみはアカリの喜ぶ声を聞いて、嬉しくなった。しかし、数日後、新たな問題が発生した。アカリがプレゼンで使用したパソコンが、なぜか勝手に起動して、プロジェクターに常にその資料を表示し続けるようになったのだ。しかも、その「輝く」文字と図表が、学内のあちこちのモニターに同期して映し出される現象まで発生した。
「たくみー! 私のパソコンが暴走してるんだけどー! 研究室のプロジェクターも、ずっとあの資料映してるー!」
アカリの悲鳴のような電話に、たくみは頭を抱えた。
「ああ、やっぱり完璧ではなかったか……」四葉が小さく呟いた。
「四葉さん、これ、どうにかできますか?」
「そうね、この鱗の力は、一度与えられたら簡単には消えないわ。でも、それを制御し、本来の場所に戻すことはできる」
四葉はそう言うと、再び目を閉じた。九尾の力で、鱗が放つエネルギーの流れを探る。やがて、彼女の手のひらから、淡い光の鎖が放たれ、学内中に広がる「輝く資料」のエネルギーを捕らえ始めた。その光の鎖が、アカリのパソコンやプロジェクターから、ゆっくりと輝きを吸い上げていく。やがて、全てのモニターの輝きが消え、アカリのパソコンも正常に戻った。
「はあ、助かったぁ……! もう二度と、あんな危ないものは使わないからね!」アカリは心底ホッとした様子で言った。
「神々の恩恵は、時に予測不能な副作用を伴うものなのよ、たくみ」
四葉が微笑んだ。たくみは、神々の気まぐれな恩恵の難しさと、それを制御できる四葉の九尾の力の偉大さを改めて痛感した。同時に、たとえそれが神々の「ゴミ」であっても、使い方次第で人々に喜びも困惑ももたらすことができるという、この「神・日本」の世界の奥深さを感じたのだった。




