第4話:雨降る日の縁結び
梅雨に入り、千代田区には連日しとしとと雨が降り続いていた。四葉の邸宅の庭も、雨に濡れて一層深い緑を増している。その中で、色鮮やかなアジサイの花が雨粒を弾き、美しく咲き誇っていた。
「最近、よく雨が降りますね。ジメジメして、さすがに少し気が滅入ります」
たくみが縁側で、窓から見える雨模様を眺めながら言った。医学部のレポートも佳境に入り、心身ともに疲れが溜まっていた。
「ええ、でも雨は、木々や花々を潤し、大地を清めてくれるわ。それに、雨の日だからこそ、見つけられるものもあるのよ」
四葉が優しく微笑んだ。その時、アジサイの株から、微かな鈴の音が聞こえた。四葉がそっと目を凝らすと、その大きな葉の影に、掌サイズの透明な体がきらめく、可愛らしい姿の小さな神霊が宿っているのが見えた。神霊は、まるで泣いているかのように、震える声で何かを呟いている。
「どうしたんですか、四葉さん?」
たくみが不審に思い尋ねる。四葉は少し考え込み、やがて顔を上げた。
「このアジサイに宿る神様がね、少し困っているようよ。近くに住む若い男女の縁が、今にも切れそうになっていると嘆いているわ」
「縁、ですか?」
たくみは驚いた。神様が、人間の恋愛沙汰を気にするとは。
「ええ。このアジサイの神様は、縁結びの力を司っているの。でも、最近その二人が些細なことで喧嘩ばかりしているから、力が弱まってしまっていると」
「まさか、神様が直接関わるわけにはいかないんですよね?」
「そうね。神々は直接介入することを好まないわ。それは、人間の自由な意思を尊重するため。でも、そっと背中を押してあげることはできる」
四葉はそう言うと、そっと手を差し伸べた。掌から淡い光がこぼれ落ち、アジサイの葉に宿る神霊へと吸い込まれていく。神霊は、一瞬きらめきを増し、少しだけ元気になったようだった。
「四葉さん、今、何を?」
「少しだけ、この神様の力が強まるように手助けしたわ。そしてね、たくみ。私は、その二人の『縁』の形を、あなたに見せてあげられるかもしれない」
四葉はそう言うと、たくみと手鏡を覗き込んだ時のように、再び幻想魔法を使い始めた。空間が揺らぎ、今度は目の前に、淡い光でできた二本の細い糸が浮かび上がる。最初は絡み合って複雑な形をしていたが、徐々に離れていき、今にも切れそうになっている。
「これが、彼らの『縁』の形……」
たくみは息を呑んだ。目に見えないはずのものが、四葉の力で具現化されている。九尾の力を宿す四葉だからこそできる、神業だった。
「見て、今にも切れそうになっているわ。でも、まだ完全に切れてはいない。わずかなきっかけがあれば、また強く結びつくことができる」
四葉が指で光の糸をなぞる。たくみは、二人の縁を取り戻すために、自分に何かできないかと考えた。
「あの二人、僕の大学の近くに住んでるカップルですね。よくあの公園で待ち合わせしてるのを見ます。確か、いつもは仲が良くて……」
「ええ。些細な行き違いが、大きな溝になってしまったようね。人間というのは、時に意地っ張りで、素直になれない生き物だもの」
四葉はどこか慈しむような眼差しで、光の糸を見つめていた。
「よし、僕に考えがあります! 四葉さん、ちょっと手伝ってもらえませんか?」
たくみは閃いた。翌日、雨が上がるのを待って、たくみと四葉は例の公園へ向かった。たくみは、公園のベンチの近くにある小さな花壇に、雨上がりの雫をまとった美しいアジサイの花をそっと置いた。それは、四葉の庭で咲いていた、縁結びの神霊が宿るアジサイの花だった。
しばらくすると、口論している若い男女が現れた。彼らはまさに、四葉が言っていたカップルだった。
「もういいよ! お互い冷静になろうって言ったって、君が何も変わろうとしないなら、無理だよ!」
「それはそっちでしょう?! いつも私の気持ちを考えてくれないのは!」
女性が怒って立ち去ろうとする。その時、たくみが咳払いをした。
「あの、すみません。そこのベンチに座っていた方が、これを忘れていきましたよ」
たくみは、わざとらしくアジサイの花束を指差した。女性は立ち止まり、アジサイに気づいた。花束には、たくみがこっそり添えた四葉の書いた小さなメッセージカードがあった。そこには、古の言葉で「雨上がりの虹は、絆を繋ぐ」と書かれている。
男性が、そのアジサイの花の美しさに目を奪われ、そっと手に取った。その瞬間、彼は花束から漂う、どこか懐かしい、心地よい香りに包まれた。その香りには、四葉の幻想魔法と、縁結びの神霊の力が微かに宿っていた。
「……あれ? これ、前に君が好きだって言ってたアジサイだ」
男性が呟いた。女性も、アジサイをじっと見つめる。
「……そうね。この香り、なんだか落ち着く……」
その時、雨上がりの空に、七色の大きな虹がかかった。アジサイの花が、虹の光を反射してきらめく。その光景は、二人の心を和ませ、硬くなっていた感情を解きほぐした。
「……ごめん。僕が悪かった。もっと、君の気持ちを聞くべきだった」
「私も、ごめんなさい。つい、意地になっちゃって……」
二人は顔を見合わせ、やがてゆっくりと手を取り合った。その瞬間、四葉とたくみの前で光っていた「縁の糸」が、再び強く絡み合い、輝きを増した。
「うまくいきましたね、四葉さん」
たくみが嬉しそうに言うと、四葉も優しく頷いた。
「ええ。人間というのは、たとえ神の介入があろうとも、最後は自分の心で決めるもの。でも、少しのきっかけと、温かい気持ちがあれば、縁はまた繋がるわ」
空に架かる虹は、まるで彼らの絆の回復を祝うかのようだった。たくみは、四葉の持つ神秘の力が、人の心に寄り添い、幸福をもたらすことができることに、深い感動を覚えた。そして、そんな四葉の隣で、自分もまた、人の心と体を癒す医者として、この「神・日本」の世界で貢献したいと、改めて強く願うのだった。




