16話:平和の終わりと、触手の予感
「私、たこ焼き買ってくるね」
そう言って、四葉は白い水着姿のまま、砂浜の屋台の方へと歩いていった。その言葉は、拓郎にとって、今日一番のフラグに聞こえた。彼女が去った後、拓郎は一人、ビーチチェアに座り、波打ち際で楽しそうに遊ぶ人々をぼんやりと眺めていた。
(平和だなぁ……)
ここには、アニメに心酔する神々も、それを熱狂的に追いかけるカミオタもいない。ただ、太陽と海と、楽しげな人々の声だけがある。つかの間の、完璧な平和。拓郎は、この穏やかな時間を、心の底から堪能していた。
だが、その平穏は、あまりにも唐突に、そしてあっけなく崩れ去った。
「きゃ〜っ!」
けたたましい悲鳴が、波の音をかき消して響き渡る。海で遊んでいた人々が、一斉に顔色を変え、浜辺へと我先にと走り出す。その光景に、拓郎の背筋に嫌な予感が走った。
(まさか……またか!?)
彼の脳裏に、朝の鉄骨落下事件や、昨日の宇宙戦艦大和の悪夢が蘇る。せっかくの夏休みが、またしても非日常に侵食されるのか。
「今日は、いい絵が撮れる予感ですよ、隊長!」
「あ〜諸君! 今日は、待ちに待った触手プレイだよぉ〜!」
どこからか聞こえる、不穏な会話。拓郎は、その声に耳を凝らした。この声は……。
(げっ、またあいつらか!)
神々の声だ。しかも、その内容が、あまりにも不穏すぎる。触手プレイ? 一体何をしようとしているんだ?
その時、拓郎の頭の中で、ある言葉が閃光のように駆け巡った。
(ん!? 触手プレイ……。たこ焼き……。まさか……)
彼の視線は、たこ焼き屋台の方へと歩いていった四葉の背中を追った。そして、彼の脳裏に、最悪のシナリオが浮かび上がる。
海からは、すでに巨大な影が蠢き始めていた。それは、まるで巨大なイカかタコのような、おぞましい触手だった。その触手は、波を立てながら、まっすぐにたこ焼き屋台へと向かっている。
拓郎は、絶望的な予感を抱きながら、叫んだ。
「四葉さん! 逃げろぉぉぉぉぉ!!」
しかし、彼の声は、すでに轟音を立てて迫りくる触手の音と、再び上がり始めた悲鳴の渦に、かき消されていった。




