15話:許婚との海水浴と、夏休みの大誤算
夏休みに入った。拓郎にとって、それは地獄のような二重生活からの、待望の解放を意味していた。学校と任務。生徒会長と神の国の盟主。そして、隣に常にいる「重すぎる愛」を押し付ける許婚。この数ヶ月で、彼の胃は確実に小さくなった。
今日は、そんな日常から解き放たれて、許婚の四葉さんと二人きりでの海水浴だ。拓郎の心には、わずかながらも安堵が広がっていた。
真夏の太陽が燦々と降り注ぐ砂浜。拓郎は白いパーカーを着た四葉の隣に座り、ぼんやりと彼女の姿を眺めていた。普段は制服か、治安管理局の制服のような地味な服装ばかりの彼女だが、今日はなぜか白いパーカーを着ていた。まるで普段の彼女からは想像もつかない、意外な可愛らしさがある。
その時、四葉が「暑いな」と呟きながら、パーカーのジッパーをゆっくりと下げ始めた。そして、パーカーを脱ぎ捨てた、次の瞬間――。
拓郎の視界を、引き締まった肉体美と、想像を絶する巨乳が埋め尽くした。
「で、でかい……」
拓郎の口から、素直な感想が漏れる。白いパーカーに隠されていたのは、彼が想像していた細身の体つきとはかけ離れた、健康的でしなやかな肢体だった。そして、その胸元は、水着に収まりきらないほどの豊かさで、彼の視線を釘付けにした。
(着痩せするタイプなのかなぁ……)
拓郎の心の中で、そんな間抜けな考察がよぎる。彼の視線に気づいた四葉が、横目でちらりと彼を見やった。その唇には、どこか満足げな、嬉しそうな微笑みが浮かんでいる。
拓郎は、ハッと我に返った。慌てて視線を逸らし、狼狽しながら言葉を絞り出す。
「ご、ごめんなさい! 失礼しました! 女性の体を、いやらしいめつきで見てしまいまちた!」
緊張のあまり、言葉を噛んでしまった。彼の顔は、真夏の太陽よりも熱くなっていた。
四葉は、拓郎の奇妙な謝罪を聞いて、首を傾げた。
「何を言っておる?」
彼女の言葉は、どこかちぐはぐだった。その時々で、口調や主語、語尾が一貫しない。神の国の盟主であり、生徒会長という完璧な二重生活を送っているように見える彼女でも、やはり人間社会の複雑な常識を完璧にこなすことはできていないのか。まるで、幼子がたどたどしく言葉を紡ぐように見える瞬間がある。
「私達は、もう夫婦だろうが? たわけが! 何を恥ずかしがる必要があるのだ?」
四葉の言葉に、拓郎は再び血の気が引いた。夫婦。この言葉だけは、決して譲れない一線だ。
「い、いや! まだ、結婚してな……」
拓郎が反論しようとした、その瞬間。彼の言葉を待たずに、四葉から鋭い視線が飛んできた。その瞳は、盟主としての威圧感を帯びており、拓郎の言葉は喉の奥で詰まった。
「は、はい。ごめんなさい」
拓郎は、反射的に頭を下げた。すると、四葉の顔に、いつもの、だが妙に背筋が凍るような笑顔が戻った。
(こ、怖い……!)
それが、拓郎の素直な感想だった。神の国の盟主にして、将来の許婚。そして、その愛はどこまでも深く、そして重い。
(将来は、姉さん女房なのかなぁ……)
拓郎は、真夏のビーチで、そんな気の遠くなるような未来をぼんやりと思った。彼の夏休みは、始まったばかりだというのに、すでに波乱の予感をはらんでいた




