最終話:夜明けと、新たな家族の物語
【場面:吉本家・庭 – 夜明け前】
クロネの放った闇魔法の波動は、街全体を包み込み、狂乱していた人々を静かに鎮めていった。街は、徐々に静けさを取り戻し、魔法の光が消え、人々のうめき声も遠ざかっていく。しかし、クロネの身体は限界を超え、そのまま地面に崩れ落ちた。
「クロネ!」
シロネが叫び、必死にクロネの元へ駆け寄る。その顔は、蒼白で、意識は朦朧としている。
「バカ……バカクロネ……! 無理しすぎよ……!」
シロネは、涙を流しながらクロネを抱きしめる。吉本家全員が、クロネの元に集まり、その安否を心配していた。拓郎がすぐに生体デバイスを接続し、クロネの状態を確認する。
「命に別状はありませんが、魔力と体力はほぼゼロです……。しばらくは、絶対安静が必要になります」
拓郎の言葉に、全員が安堵の息をつく。
その時、ステラがゆっくりと目を開けた。彼女は、みゆきに抱きかかえられながら、朦朧とした意識の中で、目の前の光景を捉えていた。疲労困憊で、今にも倒れそうなシロネとクロネ。そして、地面に倒れている父、龍幻の姿。
ベルーシャが優しく声をかける。「ステラちゃん?気がついたか?」
みゆきも心配そうに顔を覗き込む。「スーちゃん?大丈夫?」
ステラの視線は、倒れているシロネとクロネに向けられる。彼女たちは、自分を守るために、こんなにも傷ついていた。そして、父の暴走の果てに、こんなにも多くの人々が苦しんでいる。
ステラの目から、大粒の涙が溢れ出した。
「パパーーー!!!!!やめて!!!」
ステラの、魂を揺さぶるような叫びが、夜明け前の静寂に響き渡った。その声に、地面に倒れていた龍幻の体が、ピクリと動く。
ステラは、みゆきの腕から降りようと身体を動かす。
「私のお友達に酷いことしないで!」
ステラは、震える足で立ち上がり、龍幻に向かって叫ぶ。龍幻は、ゆっくりと目を開け、娘の姿を捉えた。
「と・も・だ・ち?」
龍幻は、弱々しく、しかしはっきりと呟く。
ステラは、涙を浮かべながらも、はっきりと告げる。
「そーだよ。私、初めてお友達が出来たのよ?パパ? この人たちが、私を助けてくれて、優しくしてくれたのよ? パパが、こんなことしちゃダメだよ!」
ステラの純粋な言葉が、龍幻の狂気に満ちた瞳の奥に、忘れかけていた「父としての愛情」の光を灯していく。彼の全身を覆っていた魔力のオーラが収束し、その身体から力が抜け、彼は元の、人としての姿へと戻る。その表情には、疲労と、そして自らが犯した過ちへの深い後悔が刻まれていた。
龍幻は、その場に崩れ落ち、震える手で地面を叩き、そして、シロネとクロネに向かって、深く頭を下げる。
「すまない……本当に……すまなかった……!」
龍幻は、続いてステラを抱きかかえていたベルーシャと、その隣で優しく見守っていたみゆきにも、涙を流しながら深々と土下座する。
「みゆき様……ベルーシャ様……私の愚かな行いで、皆様に、そして世界に、多大な迷惑をかけてしまった……どうか……どうか、お許しを……!」
宗介は、その光景を静かに見守っていた。遠く、物陰から、この全てを静かに見届けている四葉の姿があった。彼女の顔には、安堵と、この光景を心に刻むような真剣な眼差しが浮かんでいた。
その時、吉本家の面々が、ある異変に気づく。意識を取り戻し、龍幻に語りかけていたステラの体から、ふわりと緑色の、優しい光が漏れ始めたのだ。その光は、徐々に強くなり、彼女の全身を包み込む。
ベルーシャ「ステラちゃん?これは……」 みゆき「スーちゃん……これは……」
ステラの瞳は、光を帯びながらも、どこまでも澄んでいた。彼女は、目を閉じ、両手を合わせる。
「お願い……みんなが……みんなが、もう苦しまないで……」
ステラの純粋な祈りが込められた緑の光は、吉本家邸宅を包み込み、さらに広がり、混沌と化していた神・日本の街全体へと広がっていく。その光に触れた、狂乱していたフェミタル使用者たちは、まるで悪夢から覚めたかのように、徐々にその暴走が収まり、静かにその場に倒れ込んでいく。彼らの顔からは、狂気の表情が消え去り、安らかな寝息が聞こえ始めた。
これは、ごくまれにしか起こらない、「魔法を使えない者が、強い願いによって魔法を覚醒させる」奇跡だった。ステラの魔法は、人々の精神を癒し、狂気を鎮める力を持っていたのだ。
クロネは、自分の闇魔法が魔法を無力化するのと対照的に、ステラが「癒す」魔法を発現させたことに、驚きと安堵の表情を浮かべる。シロネもまた、ステラの覚醒と街が鎮静化していく光景に、涙を流しながら微笑む。
【場面:吉本家・邸宅跡地 – 昼】
夜が明け、冬の澄み切った空の下、破壊された吉本家邸宅の跡地が広がっていた。街の喧騒は嘘のように静まり返り、人々は混乱から目を覚まし始めていた。
「ただいま~! あら、随分静かじゃない……って、ええええええええええええっ!?!?」
買い物から大慌てで帰ってきた結衣が目にしたのは、半壊した吉本家の邸宅だった。 彼女の叫びが、まだ片付けきれていない瓦礫の山に響き渡る。宗介が苦笑いしながら事情を説明し、結衣は呆然としながらも、皆が無事であることに安堵の息をつくのだった。
【場面:アステラス製薬本社・VIPルーム – 正月】
年が明け、お正月。
吉本家の邸宅の再建が本格的に始まった。その費用は、全てアステラス製薬の資本の元で賄われることになった。龍幻は、自らの罪を償うため、そしてアステラス製薬の信頼を取り戻すため、全力を尽くすと誓ったのだ。彼の隣には、憔悴していたが、どこか安堵した表情の妻、京子もいた。
再建が完了するまでの間、吉本家は、意外な場所で新年を迎えることになった。それは、アステラス製薬本社の最上階に位置するVIPルームだった。
広々とした豪華な空間で、迎えたお正月。そこには、吉本家の面々(宗介、拓郎、ベルーシャ、四葉、結衣、みゆき、アルファ、深夜、そしてまだ体力回復中のシロネとクロネ)が賑やかに集まっていた。
そして、彼らの隣には、藤堂龍幻と、彼の妻である京子、そして愛娘のステラの姿があった。
「まさか、年明けをここで迎えることになるとはねぇ」
ベルーシャが笑い、みゆきも温かい眼差しで皆を見守る。
ステラは、クロネの隣に座り、楽しそうに笑っている。彼女の表情には、以前のような精気のなさはなく、活き活きとした輝きがあった。龍幻は、そんな娘の姿を優しく見つめ、静かに酒を傾ける。京子もまた、夫と娘の間に生まれた絆に、安堵の表情を見せていた。
シロネとクロネは、テーブルを囲んで談笑する大人たちを眺めながら、こっそりと目配せをする。
「ねぇ、お姉ちゃん。なんか、疲れる一年だったね」
「そうね、クロネ。でも、最高の友達もできたし、最強の妹もいるしね」
シロネがにっこり笑うと、クロネは少し照れたように視線を逸らす。
この、かつての敵と、そして新たな家族が共に過ごす穏やかな時間こそが、自分たちが守りたかった「平和」の形なのだと、改めて実感していた。
神・日本は、この大きな事件を乗り越え、魔法がもたらす光と影、そして人間が抱える格差や欲望について、深く考えるきっかけを得た。
そして、吉本家と藤堂家は、互いの過去と未来を受け入れ、新たな絆を築きながら、この国の夜明けを見つめていた。
シロネとクロネの物語は、ここからまた、新たな始まりを迎えるのだ。




