10話:掴んだ尻尾と、暴かれた秘密
拓郎は、空に浮かぶ巨大なゴーレムと、捕縛されていく神々を呆然と見送っていた。彼の心には、畏怖と混乱、そして、新たな「神の力」への抑えがたい好奇心が渦巻いていた。そして、その力の持ち主が、まさか憧れのミレイ・フレスターだったとは。
四葉様は、神装部隊に指示を終えると、再び空へと舞い上がろうとした。その凛とした横顔は、一切の迷いを見せない。まるで、この場に拓郎という人間が存在しないかのようだった。
次の瞬間、拓郎は無意識のうちに、動いていた。彼の理性は追いつかないまま、手が伸びる。白く、ふさふさと揺れる九本の尻尾の一つが、彼の目の前を通り過ぎようとした、その刹那――。
グイッ!
拓郎の指が、ふわりとした感触を捉え、強く掴んだ。
「ひげぇっ!」
予想だにしない感触と、四葉の口から漏れた、普段の彼女からは想像もできない、間抜けな奇声。四葉の体は空中で一瞬停止し、ぴたりと動きを止めた。九本の尻尾が、まるで怒った猫のように逆立つ。
四葉様はゆっくりと振り返った。その瞳は、怒りで鋭く見開かれていた。
「貴様……拓郎! ワラワの尻尾を掴むな!」
声には明らかな怒気が含まれていた。拓郎は思わず手を離しそうになったが、そこで四葉様はなぜか顔を赤らめ、目を泳がせ始めた。
「……乙女の尻尾を掴むことは、求婚の証だぞ! 貴様! あれっ!? 求婚……」
四葉様の言葉が、途中で途切れた。彼女の視線は宙を彷徨い、その表情には混乱の色が浮かんでいる。盟主としての威厳も、治安管理局局長としての冷静さも、どこかへ吹き飛んでいた。
その奇妙な反応に、拓郎は混乱しながらも、畳みかけるように言った。
「四葉様は、ミレイさん。いや、ミレイさんが四葉様!? 俺の名前知ってた! やっぱり、ミレイさんだよね、あなた。姿は変わっても、そのリンスの香り、俺は知ってる!」
拓郎の言葉は、まるで堰を切ったかのように溢れ出した。朝感じたあの香り、教室で嗅いだあの香り。そして、今、目の前で、人間ではない姿になった彼女から漂う、紛れもないあの香り。全てが、一本の線で繋がった。彼の合理的な思考が否定しようとした真実が、嗅覚という最も原始的な感覚によって、ついに確信へと変わった瞬間だった。
四葉様は、拓郎の言葉と、その真っ直ぐな視線に、完全に固まってしまった。求婚の証、という言葉の衝撃と、何よりも自分の正体を人間に知られてしまったという事実に、彼女は動揺を隠しきれない。空中に浮かんだまま、九本の尻尾がわずかに震えている。
二人の間には、宇宙戦艦大和を止めた轟音にも負けない、奇妙な沈黙が流れていた。この瞬間、神の国の盟主と、軍事オタクの平凡な高校生は、互いの秘密と、抗いがたい運命に、真正面から向き合うことになったのだ。




