第4話 あやかしの姉妹
ある日の朝。
電話の音で目が覚めた。時計を見ると午前6時だった。
普段なら座敷わらしに起されているころだが、2人の姿がない。
妙な胸騒ぎがするなか、受話器を取る。
「あ、オレ、オレ」
詐欺かと思ったが、父だった。
滅多に連絡してこないのに珍しい。
「妖怪のふたりは元気か?」
父から質問が飛んでくる。
はっきり妖怪と聞こえた。
父も妖のたぐいが見えるらしい。
返答に困ったが、とぼける必要はなさそうだ。
「散歩にでも行ってるんじゃないか」
俺と妖怪の姉妹、3人で撮った写真が目に入った。
妖怪の姉妹の姿が消えている。
2人の間で、バカみたいな笑みを浮かべた俺だけが残っていた。
目的を達成すると、座敷わらしはその家を離れてしまうらしい。
2人が写真から消えたのが証拠だ。彼女らは、なんの痕跡も残さないと、父は言う。
慌てて家の中を探したが、2人の姿はない。
家電量販店など、ユイとヒナが出没しそうな場所を片っ端から探しまわったが、見つからなかった。
別れは突然やってきたのだった。
可愛らしい妖怪との生活は、しばらく続くと思っていたのに……。
座敷わらしが去ってからというもの、何をやってもうまくいかない。
生活はギリギリなんとかなっている。
だが、体調がすこぶる悪い。よく眠れなくなったせいだろう。
以前はどんなに疲れていても、泥のように眠ることができたのに、今では夜中になると必ずと言っていいほど目を覚ましてしまう。
睡眠不足のせいで疲労が溜まっていく一方だった。
堪えられない寂しさに襲われ、自殺を図ろうとしたが、なぜか失敗。
ユイとヒナに会えるかと思い、無理して高級テレビを購入してみた。
だが、何をどうしても会えない。
憑りつかれたように、座敷わらしを探し回る日々が続いていた。
疲労が極限を迎えたおかげか、今日はなんとか眠りについた。
だが、すぐに電話の音で起こされてしまう。
なんだか胸騒ぎがする……。
気が進まないが、受話器を取る。
病院からだ。
数日前、父親が倒れたらしい。
今日になって、容体が急変したようだ。
いま思えば、父は俺に何かを伝えたくて、滅多にしない電話をよこしてきたのかもしれない。
卍
病室では、医師と看護師が神妙な面持ちで立っていた。
今夜が峠だと医師から告げられた。
時間をもらい、父と2人だけにしてもらう。
力ない父の手を握りながら、最後になりそうな会話を交わす。
心電図モニターに表示された脈拍の数値が0になり、もうダメかと思った時だ。
夢か現か幻か。
ユイとヒナの姿がボンヤリと見えた……ような気がする。
2人の座敷わらしが、父の冷たくなりつつある手を握る。停止したはずの父の心臓が鼓動を始めた。
一言も発することなく、ユイとヒナはそのまま消えてしまった。
以来、彼女らの姿を見ていない……。
病室での不思議な出来事から数年たったある日のことだ。
「焼野原しんのすけさんは居ますか?」
玄関先で俺を呼んでいる。聞き覚えのある声だ。
涙があふれ出そうだ。少し時間をもらおう。
「トムヤムクンはおられますか?」
どういうことだよ……。
「資産が回復したのに、なぜか病んでいる富む病む君はご在宅ですか?」
なるほど……。
面白いから、少し様子をみよう。
「だいぶ前に助けていただいた、手の小指です!」
助けた覚えはない。
キミたちに救われた記憶はあるが。
とうとう、俺の涙腺が壊れた。
涙がとまらずに流れ続ける。
こんな顔を見せるのは恥ずかしい……。
ドアを開くと、絵に描いたような姫カットの少女2人が立っていた。
ゴスロリ服を纏った姉妹の姿。
長めのスカートの裾からウエスタンブーツを覗かせる。
姉妹の見た目は変わっていない。
座敷わらしは成長しないようだ。
変わったことが、ひとつある。
2人とも靴を脱いで家に入ってきたことだ。
「元妖怪の美少女姉妹です!」
「もと?」
「能力を使い果たし、姉とわたくしは妖怪ではなくなってしまいましたの」
「わたしか妹、とちらか一人でいいので、このおうちに置いてください……」
人間になってしまった2人は、行き場を失ったそうだ。
悩んだ挙句、こんな俺を頼ってきてくれたのだ。
2人の妖怪は、自身の能力と引き換えに父を救ってくれた。
現状、生活はカツカツだが、同居を断る理由は1ミリもない。
妖怪の能力なんて必要ない。2人が居てくれるだけでいい。
「ひとりと言わず、ふたりとも面倒をみてやる」
抱き合って喜ぶ姉妹。
靴を脱げ! いや、すでに脱いでいるか……。
代わりに言いたいことがある。
2人とも、またよろしくな!