第3話 妖怪ホイホイ
双子の妖怪であるユイとヒナは、本当にソックリである。
見分ける方法は、アホ毛の有無と口調だ。
妹のヒナにはアホ毛がない。
語尾が「~ですの」、いわゆるデスノートちゃんだ。
ユイとヒナは、ハブラシやタオルなど生活に必要な品々を置き始めた。
2人の着物の袖から、あらゆるものが出てくる。
「わたしか妹をこの家に置いてください」
この家に住む前提で話をすすめる妖怪の姉妹。
「座敷わらしなら大歓迎だが、ふたつ条件がある。俺のことはお兄様。それか、おにいちゃんと呼ぶこと。もうひとつは、家の中では靴を脱ぐこと」
「土鍋を貸してくださいですの。私たちの寝床にしますの」
キミらは大きめの猫なのかな?
彼女たちの身長は120センチほどだ。
小ぶりな土鍋に収まるとは思えない。
ホントに人の話を聞かないんだね、キミたち……。
ユイとヒナは、直径20センチほどの土鍋にピタリと収まった。
妖術で体を小さくできるとのことだ。
丸くなって鍋に収まる2人の姿が可愛すぎる。
天使か!
是非、この家に住んでください!
思わず、心中で叫んでしまった。
ここで疑問が、ふたつ湧き上がる。
「鍋のフタは誰が閉めるんだ?」
双子の姉妹が、縋るような目をむけてくる。
フタは俺がしめるんかい!
「土鍋の中で寝返りできるのか?」
ユイを搭載した土鍋が、軽やかに動き回る。
鍋の底からユイの脚だけが出ている。
可愛いな、この生き物……。
「この家に住むなら、靴を脱いでもらおうか!」
ユイの靴を力のかぎり引っ張ってみるが、激しい抵抗を受けた。
頭突きからの鼻フックはやめて。普通に痛い。
「しんのすけのあほぉ!」
足をバタつかせながら、ユイが指を鳴らす。いつもより良い音がした。
俺の頭頂部に火が点いた。半分ほど髪が燃えてしまったようだ。
ヒナに渡された手鏡で確認すると、俺の頭部は焼野原と化していた。
「わたくしは、水と電気を操ることができますの」
人差し指から出した水で、ヒナが燃え盛る俺の頭部の消化をしてくれる。
「ユイは何が使えるんだ?」
「激おこプンスコ丸なんだぞっ!」
ユイは、ご機嫌ナナメだ。
少し懐かしいことを言いながら、頬を膨らませてソッポを向く。
「お姉さまは、火と電波を操れますの」
空気の読めるヒナが、超端的に説明してくれた。
「2人そろえば、ライフライン(電気・水道など)を確保できるということか」
「わたくしたちは、最高ランクの座敷わらし『チョウピラコ』。1世帯に1人と決まっていますの。どちらを家におくか選んでくださいですの」
妖怪組合の決まりで、妖怪は1軒に1人しか住めないらしい。
「わたしと妹で殴り合いをして決めましょうか?」
戦闘モードに入ったようだけど、ヒナの表情は、ちょっと寂し気だ。
「それはヤメて……。やっぱり、すぐに決められない。少し時間をくれる?」
ユイとヒナは、互いの顔を見合わせる。
2人同時にうなずいた。
「とりあえず、ふつかものですが、よろしくね!」
出来て日の浅いワインのような挨拶をユイが繰り出す。
不束者と言いたかったようだ。
座敷わらしが来てから、すべてにおいて順調だった。
FXで一瞬にして失った資産1億を取り戻した。
ユイとヒナは、早朝から家の中を走り回る。
俺も朝早くから目が覚めるようなった。
おかげで体調もいい。
元気なのはいい。だが、困ったことがある。
俺の顔を踏んづけていってくれることだ。靴を履いたままで。
「しんのすけお兄ちゃん、おはよう! 朝ですよ!」
今日の当番はユイのようだ。
ユイのお兄ちゃん呼びが定着した。
生きてて良かった!
毎朝、俺を強制的に起こしてくれるは助かるが、早すぎる。
ただいまの時刻、午前4時なり。
就寝時間と起床時間が同じ場合がある。
命日と誕生日が同じだったほどに辛い。
「ユイ、顔を踏むのは1日1回までって言ったよな? というか、靴を脱げ」
ヒナは手鏡を差し出すと、ユイの後を追っていった。
足あとがすごいな……。
俺の顔にクッキリ残っている。
やたらと黒いけど、なにこれ、泥? インク?
落ちるのか、これ……。
室内が泥だらけになるのは困る。
せめて、靴の裏をきれいにしてから家に入ってほしい。
床と同じような色の足ふきマットを、いたる所に敷いてみる。
マットには仕掛けがある。粘着テープを貼ってあるのだ。
言ってみれば、妖怪ホイホイ。
うまくトラップにかかるといいけど……。
いつもと同様、元気な2人は室内を走りまわる。
ものすごく長い足拭きマットに交換するも、カベを走って回避する。
見事なまでに“ホイホイ”と避けて行くのだ。
靴に吸盤が付いているのかと思えるほど、見事な走りだった。
なんだろう、この敗北感……。
「何日も同じクツを履いたままだと、納豆みたいなニオイがしてくるぞ」
「毎日替えてるからダイジョウブ!」
ユイは着物の袖からウエスタンブーツ1足を取り出す。
同じデザインのブーツは全部で366セットあるの! と、得意気な表情でユイが付け加えた。
「足あとが薄くならないのはなんで?」
「クツにインクが入ってるの!」
両手を腰にあてたユイが、勝ち誇ったようにぶっ放してくれた。
シャチパタのスタンプかっ!
ちょうどいい濃さで押すな!
「特注の黒インクですの。1年は落ちませんの」
ヒナが紙ヤスリを差し出してきた。
#100か。
これまた粗目のヤスリだな、おい……。
1年落ちないって、年末の大掃除レベルなのか?
ユイに至っては、攻撃力が半端ない道具を手に持っている。
大きく揺れるユイのアホ毛。ご機嫌な証拠だ。
ユイ。とりあえず引っ込めようか、そのおろし金。
洗顔というより改造だから……。