第1話 犯人を知っています
「先日たすけてもらった手の小指です!」
助けた覚えはない。
数日前、タンスに足の小指をぶつけて、のたうち回った記憶はあるが。
新《《手》》の勧誘だろうか。指だけに。
救ってほしいのは、俺のほうだ。
投資に失敗し、首を吊ろうとしている真っ最中である。
200万円のテレビなんて買わなきゃよかった。
「焼野原 新之助さんは居ますか?」
玄関先で俺を呼んでいる。
少女の可愛らしい声だ。
返答しそうになったが、放っておこう。
「家計が焼野原になりそうな、しんのすけさんはご在宅ですか?」
なんで俺の懐事情を知ってんの?
怖いから無視しよう。
「外国為替証拠金取引で、約1億円の資金を溶かした、焼野原さんは生きてますか? おっさんですか? シャアですか?」
俺はおっさんの部類に入る年齢だと思う。けど、シャアではない。
放置するのはまずい。あらゆる個人情報が近所にダダ漏れてしまいそうだ。
恐々ドアを開けると、絵に描いたような姫カットの少女が立っていた。
身丈の短い着物(和風のミニドレス)にウエスタンブーツという、和と洋のコラボ系スタイル。
8歳くらいだろうか。
こぢんまりとした身長だが、きれいな顔立ちだ。
髪と着物が紫色のおかげが、獲れたばかりの茄子に見える。
「わたしは、妖怪ゆびぱっちん。名前は『ユイ』。ユイぱっちんって呼んでね! いえ、決して妖しいものではありません。妖ですけどね。ケラケラ」
ケラケラと言って笑う人物に初めて遭遇した。
「隣は空き家だよ?」
「え? 焼野原さんのお宅ぢゃないんですか?」
ユイは、頭を掻きながら恥ずかしそうにこちらへやってくる。
テヘペロをする姿は、何とも愛くるしい。
天使か! 集めると良いことありそうだな、おい!
「お邪魔しますよ~」
ユイがダッシュで上がりこんでくる。
勝手に入ってきやがって。
ネコでさえ、挨拶ぬきに入るのためらうよ?
性格良さそう。
アホ毛のせいでアタマ悪そう。
なんか、枝毛もあるし。
ほんのりと、ユイからアホ臭がする。
見た目は合格だからな……
よし。入室許可!
なんだろう……初めて会ったはずなのに、なんだか懐かしいのは気のせいか?
――ふと、幼い頃に見たあの姉妹の顔が思い浮かんだ。
でも、声を大にして言ってやる。
ウエスタンブーツは脱げ!
ユイは床にペタンと座ると、親指を突き立てた。
よく見ると、親指を象ったグミだ。
なんか気持ち悪いんですけど……。
「わたしは妖怪《《グミぱっちん》》……指ぱっちん……」
グミを伸ばして“ぱっちん”しているせいで間違えたようだ。
ユイの顔が深紅に染まってゆく。
顔から火が出そうというのは、このことだろうか。
着物の袖からチラっとグミの箱が見えた。
どこで買ったのか訊きたかったけど、やめておいた。
“なんとか組”っていう、ヤバそうな文字が目にはいってきたから。
軽く咳払いをすると、ユイが続ける。
「助けてもらったお礼に、アナタに特別な力を特別価格で授けてあげる」
だからね、指を助けた覚えはないって。
え? 有料?
新品のテレビの前で、ユイは息を吸いながら腕を掲げる。
息をゆっくりと吐きながら、腕を横からおろす。
「こわれかけのラジオ体操13の型……人体の調和!」
その前に、ラジオを修理しないか?
ラジオ体操の最終局面(深呼吸)のような動きをしながら、ユイが指を鳴らす。
買ったばかりのテレビに火が点いた。
テレビがやる気をだしたわけではない。
物理的に燃えているのだ。
表面だけが焼けているように見える。
フランベってやつか?
火の勢いが衰えてきたころだ。
200万円のテレビが爆発し、跡形もなく消え去った。
フランベの最終形態って、こんな感じだったか?
シェフを呼びたくなる状況だ。
残ったのは、リモコンとローンだけ。
涙で明日が見えそうにない……。
「焼野原さん。アナタもテレビの電源が切れる能力が使えるようになったはず。でも気を付けて、有効射程は3センチなの!」
そんな能力いらねぇ……。
「電源というか、テレビが事切れているけど?」
「ナチョナルのブラウン管テレビ限定なの……」
ゆらめく煙をかきわけて、ユイが顔を出す。
この子は人の話を聞かないタイプかな?
「さっきまで存在していた俺のテレビは、別のメーカーだけど」
「え? ナチョナルぢゃないんですか?」
「ナチョナルは、ハナソニックという社名に変わったよ」
事実を知ったユイは、鳩が豆鉄砲を5発くらったような顔をしている。
「わたしの認めたメーカーぢゃないテレビは、ちりがみの箱です!」
小さな手を握りしめ、ユイが力強く言い放った。
テレビを製造している全メーカーに謝れ!
「ということは、ハナソニックのテレビも、ちりがみの箱になると思うけど」
ユイは超がつくほど涙目だ。
図星だったらしい。
「妖術の有効射程は6センチ……」
「長さ20センチのリモコンで、テレビ本体のスイッチ押したほうが早くない?」
おい、どこへ連れてく気だ?
いいから人の話を聞け!
顔を真っ赤にしたユイに手を引っ張られ、外に連れ出された。
車庫に佇む俺の愛車の前に立つユイ。
ボンネットの上に飛び乗った。
勢いをつけて、2度、3度とジャンプする。
いいから靴を脱げ!
「この黄色い車は、マズダRX―7(FD3S)ですか?」
大正解だ。車が好きなのだろうか。ユイの目の輝きが増す。
ユイは妖術らしきワザを使い、ドアを開く。
光の速さで助手席に体を沈めた。
「これは、《《ロリータ》》エンジンですか?」
惜しい。《《ロータリー》》エンジンだ。
幼女を助手席に搭載しているため、あながち間違いではないと思う。
「やけのはら号、発疹!」
ユイぱっちんが、人差し指を前方にむける。
宇宙戦艦が飛び立ちそうな勢いだ。
ユイに言われるがまま、やけのはら号を走らせた。
ユイと共に家電量販店に来ていた。
大小さまざまな液晶テレビがズラリと並ぶ一角に立つ。
ご機嫌な様子のユイは、ビックリキャメラのテーマを口ずさむ。
やめろ。ここはヨドバスカメラだぞ……。
チャンネルを片っ端から変えるユイ。
全てのテレビを同じチャンネルにしないと気が済まないタイプのようだ。
隙をみて逃げようと思った時だ。
突然、ユイが振り返る。
「指ぱっちんをしてみて!」
テレビが爆発しないことを祈りつつ、俺が指を鳴らすと、ハナニックの液晶テレビだけがオフになった。
「これで大丈夫!」
ユイは、ほっこり笑顔だ。
展示してある全てのテレビのチャンネルを、手動でMHKに揃えた。
妖術は使わないんだね……。
ヨドバスカメラの店員さんが、訝し気な表情で、こちらを見やる。
ユイの姿が見えていない様子の店員さんは、俺の仕業だと思っているのだろう。
「どこかに、ビックリキャメラさんのテーマを歌われているお客様がいらっしゃいますよね……」
ユイの声は、店員さんにも届いているようだ。
彼女はモノホンの妖怪ってことか。
ユイは、例のテーマを口ずさみながら立ち去った。
嫌がらせの達人ユイは、またどこかでテロ活動を行うのだろうか。
「そう……みたいですね……」
こんな返答しか、俺にはできない。
ほんとスミマセン。
犯人を知っています。
幼女の妖怪です……。
あの妖怪は何だったのだろう。
そんなことを考えながら、俺はひとり帰路につく。