神童と謳われた婚約者にオモチャ扱いの令嬢、裏では催眠術で主従逆転
「流石です、王子っ! 上級魔法をいともたやすく行使する、その実力ッ! 圧巻ですっッ!」
私がいつも通り声援を上げると、ユフィート王子は前髪をかきあげ振り向き様に一言。
「当然だ! ファルシー公爵令嬢、貴様のような劣る種から生まれた劣種では無い! 俺様は王族ッ! 優れた種から生まれた天才の中の天才、天種であるぞ!」
王立学園、魔法訓練場。
魔法適正授業にて、黄色い悲鳴が響き渡る。
それは無理もない話だった。
王立学園設立以降、初めての魔法適正百点満点だったのですから。
彼の整った容姿、出生も後押しされれば何らおかしくもない結果だ。
(でも……こんな自己陶酔野郎が好かれる理由が分かりません。だって――)
突如、真上から水を被った。
訓練場用の体操服がビチャビチャになり、下着が透けて見える。
これで何度目か……。
正面には魔法杖をだらりと構えて平然とした顔で、こちら見つめる王子の姿があった。
(水魔法を使った精神的な攻撃……。飽きずに、よくやる)
心の中で文句を言うが、抗えるはずもなし。
透けた下着を隠しながら、王子の言葉に耳を傾ける。
「何をしている……? 声援が途切れているぞ……? 仮にも俺様の妻となる女が、一番の歓喜を挙げずして、不甲斐ないと思わんのか……?」
「……すみません、次から気をつけます」
「次からだと……。もう喋るな肉塊――視界から消えろ」
気に障ったのか、だらりと下げた杖を正しく構えると、杖の先端から突風が吹き荒れる。
(風魔法!? そんな殺傷力のある魔法を!?)
その場に堪え切れなかった私は、転がるように訓練場の壁に叩きつけられた。
「未来の夫の意図を汲み取れないとは、それでも俺様の婚約者か!」
「……すみません」
「りーんろーん」授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると、王子は傷ついた私を一切気にもかけず、訓練場を後にした。
王子の取り巻きの女達も後に続く。
私の前を通る時、くすくすと笑っていたのを見逃さなかった。
なぜ、公爵令嬢である私が辱めを受け、嘲笑われ、愛されない。
紳士淑女として振る舞い、貴族の務めをただただ果たそうと我慢して、我慢して尽くしてきたのに。
なんで、私ことファルシー・フォン・ヒプノシスが今回に限って、こんな横暴な王子の相手をしないといけないの……。これじゃ、まるでオモチャよ。
うっ、うっ――
「――へっくち、風邪引いた」
◇◆◇◆
ユフィート第一王子。
千年に一人の神童と謳われている、ただの天才である。
魔法の極致と言われている上級魔法を、魔法を扱えるようになってから、およそ一ヶ月で自由自在に使えるようになった。
そんな自分の才能に陶酔してしまい、周りの人間をオモチャ程度にしか思っていない。
全ての頂点に立っている俺様がなぜ婚約相手を勝手に決められなければならないと、行き場のない怒りをファルシー公爵令嬢にぶつけている。
国王にも愛され、本気で怒られそうになった時には上級魔法を見せて、逆に褒められ続けた。
王族に加えて神童と謳われる彼に躾を行う者が今の今まで誰も居なかった。
だが、天才と言えど弱点が存在した。
それは状態異常【催眠】一点、それだけが弱点であり、唯一の穴だった。
◇◆◇◆
貴族寮313号室の扉に手を掛けた。
中に入ると、そこには私を慕い王立学園までついてきてくれた侍女のあわあわとした姿があった。
「ファルシーお嬢様!? こんなに水浸し、泥だらけになって、どうしたのですか!?」
「すん」と鼻水を啜り、体を擦る。
心配をかけまいと、魔法の暴発で水浸しになってしまったとだけ告げる。
「マメル、お湯だけ用意してくれる。……身体を温めたいの」
マメルはカッコいい私に憧れて、わざわざ領地から家族から離れた、ここまで来てくれたのだ。
そんな彼女に事実を伝えてしまったら、幻滅されるのはもちろん。
(もう、私自身が戻れなくなる)
「……またですかお嬢様。何度も何度もお嬢様らしからぬ失敗です。私には嘘や隠し事をしなくても、ありのままを――」
「――もう少しだけ、カッコいいお嬢様でいさせて、マメル」
「お嬢様……ですがッ! っッ……お湯、入れてきますね……」
言いかけた言葉を飲み込んだマメルは、お湯を沸かしに行った。
寝室に移動した私は頭を抱えた。
現状を打破する案も手段も持ち得ていない。
王子のように特別優れた才能も無い。
案の定、このまま少しずつすり潰されるだけだ。
風魔法の使用が、その片鱗。
……何か、何か超常的な力が私にあればッ!
そう願った時、本棚にある一冊が光った。
見慣れた本棚に、見慣れない本がポツリと挟まっている。
「……【催眠本】? 耳馴染みのない単語ですね?」
こんなにも怪しげな本。
処分した方が身の為なのだろう。
しかし、不思議な魅力に取り憑かれ、邪道への一歩を踏み出してしまった。
◇◆◇◆
「こんな時間に俺様を呼び出して、何の用だ? ファルシー」
放課後、人気のない教室にて。
私はユフィート王子をいつも通り待っていた。
今日も彼を躾けるために。
「別に呼んではいないんですけどね。勝手にやって来てると言うか……そう仕向けてると言うか……」
「締まらん奴だな。用がないなら帰るぞ」
教室の扉に手をかけた王子に「因果逆転」と呟く。すると、踵を返し私の前に跪く。
上目遣いで覗いてくる王子の顔は、いつもの舐め腐ったものでなく、小型犬のそれだった。
「ご主人様、先程までの主人格の非礼、お詫びいたします。……ですので、どうかあれだけはご勘弁願います!」
一言でこの変わりよう……【催眠術】恐ろしいものです。
やる方は気持ちが良いですが、やられる方はたまったものじゃないでしょうね。
それはさておき、今日も手早くお灸を据えないと……!
「そうね。確かに主人格の独断専行ですもの、副人格の貴方を責められないわ」
「なら……!」
「けどね……副人格の貴方が主人格の主導権を握っていれば、魔法による虐め、周囲からの蔑み、その他諸々を受けずに済んだわ。今日も滞りなく行うわ! ……出しなさい」
「……はい」
王子は制服のベルトを外し、下半身を露わにする。
催眠術にも時間制限があるからね。
素早く、お仕置きしないとね!
「ひぃぃん! それ以上は、ムリィーー!?」
「パンパン」乾いた音が教室中に反響する。
休日以外は、ほとんど行っている活動(仕返し)。
これは私自身、人生の中で一番恐ろしいと思っている事を自ら王子に体験させている。
子供の頃、母親の大事にしていた嗜好品の壷を割った事から初めて受けた、最大限の屈辱だ。
今までの辱めを帳消しにする、地獄の苦しみを味わうがいい。
「お尻ぺんぺんペンペンペンッ!」
お尻ペンペンである。
当初、これには流石の王子も耐え切れず、副人格を作る事でこの苦しみから逃げやがった。
当の本人は完全に記憶から消去していて、私への虐めは続いている。
だけど簡単には諦められるはずもない。
即座に新しく計画を考えた。
催眠術で放課後に毎日教室へ来るように暗示をかけ、「因果逆転」と言えば副人格に入れ替わるように調教した。
主人格の場合は、いちいち「俺様は屈しない、貴様のような劣種にはな!」って決まり文句がうるさいから、一言で副人格に入れ替えられるようにした。
どうせ秒で屈するのに……。
とまあ、副人格にお仕置きすることで、生命の危機感を増幅させ、主人格を奪い取ってもらおう大作戦で攻略している。
催眠は長時間使えないし、一般的にも魔が使う術だ。
裏から、ちょっとずつ王子をわからせないと……!
これでやっと本来の未来を取り戻せるかもしれない!
(――邪魔さえなければだけど……)
◇◆◇◆
「邪滅教会から派遣されました、リアシーです。これから、よろしくお願いしますねっ!」
それっぽいの来たんですけど……。
教室、朝礼の時間にそいつが波風立てずにやってきた。
修道服に身を包み、ベールから覗く尊顔は憎らしさも覚えないほど美しい。
小さな身体と相まって、まさに神から遣わされた天使と言えるだろう。
これにはクラスの紳士共も熱狂的な雄叫びを上げざるを得ない。王子こそ叫びはしなかったが、彼女に見惚れていた。
「リアシー……か。彼女こそ、俺様の妻となるべき女性だ」
隣で堂々と浮気発言した王子に驚愕を隠せないが、まあこいつなら平然と言うよなって安心感がある。
いつまで経っても変わらない王子にほとほと呆れていると……
「リアシーは、この学園から魔を祓う役目で来たので、短い間になるんですけど……。みんなと親密な仲になれたら嬉しいな……!」
「ズキュン」と心が射抜かれた音が教室の至る所から聞こえてくる。
そんな愛らしい顔と表情で言われたら誰だって惚れる。女性だって例外じゃない。
(あっ、私は大丈夫だからね!?)
「やっぱり……」
ふと、視線がバチリ合うとリアシーは私の方へ歩みを進めた。
その瞬間、彼女の瞳が冷たく凍てついたものに豹変したのを私は見逃さなかった。
蛇に睨まれた蛙、狩人に狩られる兎の気持ちが理解できた。
リアシーが言った魔――、それはきっと私のことだ。
小さな口が耳元に近づく距離までやって来た。
一体何をされるのだろう。
恐怖で身体が震える。
私にできる抵抗は彼女から目を逸らさない、それだけだった。
「ファルシー公爵令嬢。一ヶ月後、屈辱の中で貴女を殺します」
耳元で呟かれた予告に全身から冷や汗が滲み出る。血の気が引いた。
「ご冗談を……」
「ふふ」とニヤリと笑みを浮かべたリアシーは王子に擦り寄ると、楽しそうにお喋りを始めた。
どっちとも取れる曖昧な返答にいまだ目を離せずにいる。
死の恐怖を感じた私は覚悟を決めた。
(――やられる前に……殺ってやるッ!)
◇◆◇◆
一ヶ月の時が過ぎた。
「ファルシー公爵令嬢、貴様との婚約を破棄する!」
宮殿、舞踏会場大広間。
ユフィート王子が怒鳴り声を上げる。
王子の傍には悲愴な表情を浮かべるリアシーの姿があった。
ベールに隠された金髪が露わになり、修道服代わりのドレスを身に付けていた。
(これが……屈辱の正体!? ……悪趣味な小悪魔がいたものね)
ここからどう私を追い詰めるのか、お手並み拝見。
「穢らわしい目をリアシーに向けるな、俺様が居る限りこれ以上の横暴は許さんぞ!」
「ファルシー様を責めないで下さい! ……全部ドジな私が悪いんです……」
「それだけで、たった一着しかない修道服を破く外道がいるか!? 俺様がドレスをプレゼントしていなければ、この舞踏会に来れなかっただろう」
お前が言うか! と、喉から飛び出しそうな言葉を飲み込む。
どうやら私の体操服を何着ダメにしてきたか、覚えていないようだ。
まあ、結論から言ってしまうと修道服の件は真っ赤な嘘である。
こっちは自分を殺そうとする天使の対策で必死なのに、虐めやら何やらをする暇はなかった。
「……何のことでしょう?」
正直に話したつもりだったが、火に油を注いでしまったようだ。
顔から火が出そうな程、怒っている。
「貴様、自分のやった事にも責任が取れないのか! ……あの噂もあながち間違いではないかもしれん!」
「噂ですか?」
「貴様が魔に連なる者ではないかと聞いているんだ! どうなのだ!」
なるほど、自ら手を下す必要も無いと……。
私にとって憎き王子を愛の力とやらで操って、自分は王子とくっつき幸せになり、屈辱の中で殺す気ですか。
王子に命令されれば周囲の者も加勢し、集団リンチ。
事が終われば今回の件、黙認されるだろう。
バレれば貴族の印象が極端に悪くなるから、その現場を私自身見たことがあります。
そして最悪の場合、ギリギリ死に損ねてしまったら、どこぞの悪徳貴族の肉奴隷。
悪趣味な筋書きを考えたものだ。
前情報がなければ危ないところだった。
(ここは正面突破させていただきます!)
「お耳が早いようで。邪道に踏み入った事実、認めます!」
「「は?」」
事実はどうあれ、否定から入るのが常だ。
それを、あっさりと正直に告げてやった。
オマケに「ニヤリ」と口角を上げる。
「き、き、貴様、仮にも第一王子である王族である俺様の婚約者でありながら、魔の道に……っ万死に値する! 者共、懸かれ懸かれーっ!」
貴族、兵士が囲み込んでくる。
逃げも隠れもできない状況。
それでも余裕綽々とした態度を見せつける。
「お遊びは終わりにしましょう」
「因果逆転」と呟くと、私を囲んでいた貴族、兵士達が一斉に踵を返し、王子とリアシーを囲み出した。
突然の立場逆転に状況が呑み込めていない二人にとくとくと説明する。
「リアシー、ここまで貴女の思い通りだと思った? 一ヶ月の猶予もあれば貴族、兵士の調教をし終えるなんて楽勝、つまり嵌めたのは貴女じゃなくて、ワ・タ・シ」
煽りに敏感に反応したリアシーは逆上した。
もはや隠す気も無いブチギレ顔芸を披露する。
「このカスがッ! 状況は何も変わってねぇんだよ! こっちには魔の術を解除する聖魔法があるんだよ!」
ドレスの胸元に忍ばせていた杖を取り出すと、こちらに向けて魔法を放とうとするが……「バチン」と、手に持っていた杖をはたき落とされる。
「……は? 今はふざけられる状況じゃあないですよ……王子?」
杖をはたき落としたのは王子だった。
そのまま唖然としている背後を取り、王子はリアシーを羽交い絞めにした。
「――ご主人様。さあ、これで障害は無くなりました。あとはお仕置きの時間です!」
リアシーの顔は一気に青ざめる。
まさか王子に手を出しているとは思わなかったのだろう。
「王子はとっくの昔に調教済み。合図一つで私の奴隷よ。――さあ、お尻を出しなさい」
「えっ? うそウソ嘘、嘘でしょ! 私――まだ ――初めてなの! イヤぁぁぁーー!」
リアシーの下半身が露わになる。
彼女の健康そうなお尻が目の前に映ると、私の掌は慣れた手つきでお尻を引っ叩く。
「あっ、そっちか」と安心していたので、二度三度続けてやると「うっ」「ピッギ」と、良い声で鳴くので、助けてと懇願するまで叩いてやった。
「ファルシー様、これ以上はお止め下さい。お尻が壊れてしまいます……」
「まだまだ叩きたい……」
「な、ならいっぱい居るじゃないですか! 他にも!」
リアシーが指差す先には王子、貴族、兵士、舞踏会場に居る者たちに向けられていた。
瞬間、私の瞳が野獣の如く光ったと自分でも感じた。
「「「え?」」」
「全員、尻出せ」
舞踏会場は悲痛な叫びで包まれた。
◇◆◇◆
「お嬢様、復讐は果たせましたか?」
舞踏会場入り口には侍女のマメルの姿があった。
返事には満面の笑みで返す。
「その笑顔を見て、心底安心しました。私も頑張った甲斐があります!」
そう、この計画に一番協力してくれたのは他でもない、マメルだ。
リアシーの動向を探って、前情報を仕入れてくれた一線級の活躍に加えて、貴族、兵士が一人になる瞬間、催眠術をかける頃合いを教えてくれたのだ。
「マメルには随分と働いてもらったから、何か恩返しをしたいんだけど……」
「時間がないんですよね?」
もうすぐ催眠術から目覚めた王子、リアシー、貴族、兵士が復讐に来るだろう。
お尻ペンペンに本腰を入れ過ぎてしまった。
本当に時間が無い。
「面倒だと思うけど313号室から適当に宝石とか……とにかく全部持っていっていいから! それじゃ……バイバイマメル」
舞踏会場の扉を開けて、自由な一歩を踏み出し、邪魔なハイヒールを脱ぎ捨て走り続けた。
これからは一人っきりで誰にも縛られない、幸せも不幸も自分の選択次第。
本当の物語が今幕を開け――
「お嬢様!」
すぐ横にはトランクケース片手に並走してくる侍女がいた。
「マメル!? 貴女も急がないと捕まるわよ! こんな所で油を売っていたら……」
「私もついて行きます! 意地でも!」
……この子は本当に変わってるわね?
ここはガツンと言って現実を教えてあげなくちゃ。
「私はねえ、復讐でお尻ペンペンする、自分で言いたくないけど変な人間よ!? カッコいいファルシー・フォン・ヒプノシスはもう居ないのよ!」
「あれだけの事をされて、お尻ペンペンで許してあげるのは、むしろ優しすぎます! それに、今の今までカッコいいままで居続けたファルシー様は、今でもカッコいいです!」
やっぱり、私が何をされてきたか知ってたのか……。
……真実を知った上でここまで言われたら、答えは一つしかない。
「――だったら、私のカッコいいが終わるまで、付いて来てもらうわよ!」
「――一生、付いて行きます! ファルシー様!」




