気取り屋は霧の中から颯爽と登場 part2
怪物は豚の様に肥大した身体には似つかわしくない、鱗の生えた長く巨大な腕でジャックの体を片手で掴むと、軽々と持ち上げ低い声で告げた。
『この世界にはな、貴様のようなチンピラには想像もつかないことがあるんだ。おまえはここで、1ペニーの値打ちもない無名の亡骸として終わるんだよ』
「てめえ、畜生、放しやがれ!」
『お別れだ、ジャック』
怪物が顔を近づけ、大きく口を開けた。
「おいおいおい、早まるな!ちょっと待てって!俺を喰っても大した腹の足しにはならねえぞ!俺はあと数年たてば裏社会のボスになる予定なんだ!その方がお互い、プラスになるんじゃねえの?とにかく俺の話を聞けってば!」
『時間稼ぎをしているつもりだろうが、無駄だよ……さらばだ……』
深い朱色の毒々しい口内から巨大な牙が見え、二つに分かれた舌がチロチロと動くのが見える。黒く染まった両目がこれから味わう獲物への喜びにぎらりと輝いた。
「そうかい、それは残念だ。だがな、そう上手くいくと思うなよ!」
ジャックは不敵な笑みを浮かべると、両手を上着の襟に伸ばすと仕込んでいた二本の小型のナイフを抜き出した。
「両手使いってのは、銃だけじゃないんだぜ!」
目にも止まらぬ速さで投げつけられたナイフは、怪物の両目を正確に捉えた。
『アアアアー!!』
悲鳴をあげる怪物に向かい、ジャックは叫んだ。
「こいつはオマケだ!くらいやがれ!」
身体を掴まれたまま、両足で怪物の目に刺さったナイフをさらに深く刺さるように蹴り込んだ。
『ウウウウウウー!』
痛みのあまり、力が抜けた瞬間にジャックは怪物の手を振り払って逃げようとしたのだが、力まかせに地面に叩きつけられた。
「……ぐあっ!!」
何かが砕ける音がして石畳の上で二、三度バウンドしたジャックの身体は、転がって壁に突き当たってやっと止まった。
「ジャック!どこだ!殺してやる!貴様をズタズタに引き裂いて殺してやるぞ!」
光を失い、両手を振り回し叫ぶ怪物を見ながら何とか立ちあがろうとするのだが、背中に鋭い痛みが走り、下半身が痺れて動けない。
『こんな所で、くたばってたまるかよ!』
上半身だけで必死に這うように逃げるのだが、次第に意識が遠のいていく。
『ジャーック、そこにいるのか?姿は見えなくても、匂いでわかるぜえ!』
『ちくしょう……こんな、こんな……』
怪物がじりじりと近づいてきた、その時だった。
『ヴォオオオオオオオオーー』
どこからともなく、ジャックが聞いたこともないーー例えるなら大型の肉食獣の唸り声のようなーー物音が聞こえてきた。
何とか顔を上げて声のした方向に注目すると、深い霧の中からゆっくりと人影が現れた。
『……なんだ、ありゃあ?』
ジャックが目にしたのは、夜目にも鮮やかな純白のマントを羽織り、顔の上半分を覆う銀仮面を着けた男だった。
『何だありゃあ……昔、麻薬の元締めの家に強盗に入ったら、そいつがあんな仮面を着けた女にムチで引っ叩かれてるのを見た事があったけど……頭のオカシな変態じゃねえのか……』
だが、何より印象的なのは、銀仮面からのぞく炎のように紅く輝くその瞳だった。
呆然とするジャックを尻目に、銀仮面の男は怯む様子もなく巨大な怪物の前に歩を進める。
『なんだ!こいつの仲間の生き残りかっ!』
新たな人物の登場に叫ぶ怪物だったが、驚くべきことに潰れた両目の代わりに額の中央に巨大な第三の目が出現した。
『てめえ、その姿……最近、俺たちの仲間を狩っている銀仮面の亡霊ってのはてめえかっ!ちょうどいい、ここで出会ったのが運の尽きだっ!ぶち殺してやる!』
怪物は銀仮面の男めがけ長いかぎ爪を振り回すが、男は無言のまま紙一重でかわし続ける。
『畜生、チョロチョロと逃げ回るんじゃねえ!』
呼吸を乱し、焦れた怪物の叫びに合わせるように銀仮面の男のマントがふわりと翻った次の瞬間ーー
『グアアアアアーー!』
悲鳴と共に、地面に這いつくばるジャックの前に、肘のあたりから切断された怪物の両腕がドサっと落下した。
『な、何がおきたんだ……?』
その時初めてジャックは、男が銀色に輝く細身の剣をだらりと下げていることに気づいた。
『お、俺の腕がーー!てめえええ!もう許さねえぞおーー』
両腕を失っても、巨大な牙の生えた口を大きく開いて突進する怪物だったが、男がまるで指揮者がタクトを操るように軽やかに剣を振るうと、血しぶきと共に身体中が刻まれていく。
『ヒイイイーー』
恐れをなし、悲鳴を上げながら逃げようとする怪物に向かい、男が初めて口を開いた。
「混沌の闇から這い出した貴様には、煉獄の炎こそふさわしい」
男は剣をマントの下の鞘に収め、右手を天に向かい突き上げた。
「聖なる血より遥かに紅く、爆炎を纏い激る灼熱の槍よーーすべてを焼き尽くし喰らい尽くせ!爆裂炎槍!」
怪物を取り囲む様に瞬時に魔法陣が描かれたと思うと、猛烈な勢いで吹き出した何十、何百もの灼熱の槍が一気に怪物へと突き刺さり、巨大な火柱と化した。
「ぎゃああああああああああ!」
断末魔の悲鳴が響く中、男がゆっくりとジャックへと近づいてくると、再び右手を天に向かい掲げた。
「何だよてめえ……味方じゃねえのかよ……!」
遠ざかる意識の中、血へどを吐きながらも眼光鋭く睨みつけるが、銀仮面の男は無反応のまま何かの呪文を唱えたかと思うと右手を振り下ろした。
「ふざけんな……ちくしょう!こんな!こんなところで!終ってたまるか!!」
炎の熱風にさらされながら、ジャックは完全に気を失った。




