気取り屋は霧の中から颯爽と登場 part1
ガン、ガン!ガタガタ!ガコン!
深夜のロンドン、街灯に照らされた路上のマンホールのフタが鈍い衝撃音と共に揺れ続け、遂には持ち上がると中から汚物まみれの若者ーージャック・レスターが現れた。
「ぷはあっつ!はあっ、はあっ!」
ジャックは必死の形相で這い出ると、大きく深呼吸を繰り返した。
スモッグまみれでお世辞にもキレイとは言えないロンドンの空気が、まるでアルプスを渡る爽やかな風のように肺に心地いい。
「……おっ、おえっ、おえーっ!」
だが、すぐに猛烈な吐き気に襲われ、四つん這いの態勢で嘔吐しながら何とか細い路地へ入ると、ぺたりと壁に背中をつけて座り込んだ。
震える手を上着の内ポケットに突っ込み、四角いシルバーのシガレットケースを取り出した。
ふたを開け、中に汚水が染み込んでいない事を確認すると指先を壁に擦り付けて汚れを拭い、そのうちの一本をそっとつまみ上げた。
一緒に入れていたマッチを地面に擦り付けてタバコに火をつけると、スローモーションのようにゆっくりと、長く、深く吸い込み、同じくらいに時間をかけて鼻から煙を吹き出した。
「……ふんっ、ちっとは匂いもマシになったな。それにしても何て日だよ、まったく……」
もう一度タバコを吸い込み、今度は口から吐ききるまでの短い間にジャックは素早く状況の整理をした。
「あの怪物のサイズだとマンホールは通れないし、何とか通れるだろう運河側の水路はここから遠すぎて、すぐに追いつかれることは無いだろう。だが、このままここに留まるのはリスクが高すぎる。この時間、路面電車や地下鉄は動いていないし、馬車も通らねえ。歩くしかねえが、その前にまずは匂いを消さないと。それと今夜でほとんどの手下がやられちまったが、とりあえず人集めのための軍資金を稼ぐ必要があるな。手っ取り早く銀行強盗か……いや、人手がねえんだから闇カジノか麻薬の取引を襲った方が効率的だな。今度はもう少し小さめのギャング組織を狙うとするか……」
座り込んだままジャックが考えを巡らせているとーー
ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン。
地の底から、突き上げるような地響きが伝わってくる。
「おい……嘘だろ……」
慌てて立ち上がろうとしたジャックだったが、目の前の石畳がゆっくりと盛り上がったと思うと、地面を突き破り巨大な怪物が現れ、感情の無いくぐもった声で話し出した。
『よう……ジャック……おまえは欲張りすぎたんだ……ちっぽけな自分の縄張りだけで満足してればいいものを……強欲は身を滅ぼす大罪だと習わなかったのか?』
「わかった様なことを言うんじゃねえ!大体なんでこの二十世紀に、てめえみたいなバケモンが存在するんだよ!なんなんだよおまえは!ちょっと説明してみやがれ!」
怪物はクッ、クッ、クッと、爬虫類の様な不気味な声をあげた。
『この世界にはな、貴様のようなチンピラには想像もつかないことがあるんだ。おまえはここで、1ペニーの値打ちもない無名の亡骸として終わるんだよ』