争いはアフタヌーンティーの後で part1
スラム街での一件から約一ヶ月後。舞台はロンドン市内の高級ホテルのティールーム。
「お待たせいたしました」
白い円形のテーブルの上に、クラシカルな三段造りのアフタヌーンティーのセットが運ばれてきたのを見て、ウォルズリー家のメイド見習いであるフローレンスは歓声をあげた。
「うわあああ〜すごい!美味しそう!ほらほら見て、メリッサ!」
「声が大きいわ、フローレンス!」
ふっくらまんまる笑顔のフローレンスとは対照的な、華奢で小柄なメリッサが慌てて注意するが、彼女は気にもしない。
「だあって、こんな立派なの初めてなんだもん!さすがロンドンでも一番人気のお店ね〜!」
「でも、本当によかったのかしら?メイド見習いの私たちがこんな贅沢をして……」
「何言ってるのメリッサ!あたしたちが支払う訳じゃ無いんだから、そんなこと気にしない、気にしない!」
「あなたは呑気ねえ、フローレンス」
ふうっとため息をつくと、メリッサは何やら考え事をするように黙り込んだ。
「どうしたの?」
「私たちがこうしてる間にも、あの子がどうしてるのかと思うと……」
メリッサのその言葉に、三段目の皿のキューカンバーサンドイッチに食指を動かしていたフローレンスの手が止まった。
「そ、それは……」
「もう三ヶ月近く経つのよ?ああ、きっともう……」
「でも、メリッサ。たかがメイド見習いのあたしたちにできることなんて何もないわ。違う?」
「それはそうなんだけど……」
「せっかくこうやってロンドンまで出てきているんだから、今日くらいは忘れましょうよ」
「でもーー」
「それに、ここで待っててくれって言ったのはジャックさんなのよ?こんなに待たされているんだから、少々贅沢してもバチは当たらないわ」
「フローレンスってば、酷いわねえ。でもあの人、最初は乱暴で怖い人かと思ったけど、話してみたら意外といい人かも知れないわ。そう思わない?」
「そう言えばそうかもね。ハワード様も、あの人が来てから少しは元気になられたご様子だし」
「ビクトリア女王様はお亡くなりになるし、このところ嫌なこと続きだったけど、これから明るい方向に向かうといいわね」
「だーいじょうぶよ!新国王になられたエドワード様の戴冠式ももうすぐだし、きっと全部良くなるわよ!」
「……うん、そう、そうよね、あなたの言う通りかもしれないわね」
フローレンスの言葉に、自分に言い聞かせるように呟くと、メリッサもサンドイッチに手を伸ばした。
「いただきます!」
二人は揃ってサンドイッチに口を付けたが、微妙な表情で顔を見合わせた。
「……何だか、残念な味じゃない?メリッサ」
「このキュウリ、鮮度も悪いし、随分とパサついてるわ」
「これならお城で作っているサンドイッチの方がずっと美味しい。サーモンやローストビーフも入っているし」
「あれはハワード様の好物だから特別にフォレスト様が指示して作らせているのよ、フローレンス。それにしても……」
フローレンスは食べかけのサンドイッチを小皿に置くと、二段目に置かれたスコーンに手を伸ばし、二つに割るとクロテッドクリームをたっぷり盛り付けてかぶりついたが、無言で残り半分を皿へと戻した。
「このスコーン、いくら何でもボソボソし過ぎじゃない?」
「フローレンス、それより大変、お茶が最悪よ!ノーラ様がよく言われる『風味もクソもない出涸らし』だわ」
「本当にここ、人気店なのかしら?」
「少なくともお城の方が、ずっと上なのは間違いないわね」
「ウオッホン!」
二人が料理のダメ出しで盛り上がっていると、不意に咳払いが聞こえた。
「お客様、先ほどから随分と賑やかなご様子ですが、どうかいたしましたか?」
気がつくと二人のすぐ側に、プレスのよく効いたスーツ姿の中年男性が額に青筋を浮かべ立っていた。
「……どちら様?」
「私は当店の支配人ですが、ウチのアフタヌーンティーに何か問題でもございましたか?」
「あ、いえ、決してそういう訳じゃないんです。ただ……」
「ただ?ただ何です?」
「あの……お茶も、その他も……あんまり……だから、どうしたのかな?と思って、ねえメリッサ?」
フローレンスが助けを求めるようにメリッサの方を振り返った。
「ええ、他はどうしようも無いとしても、お茶に関しては上質な茶葉を使用しているのがわかりますので、淹れ方をもう少し工夫すれば何とか飲める位にはなるかとーー」
「当店は!作家やオペラ歌手などの著名人をはじめ、貴族の皆様方もお越しになられる一流店でございます!あなた方の様な小娘に、何がわかると言うのですか!!」
「でも、でも、あのーー」
「本当です!信じてください、本当に美味しくないんです!」
冷静かつ辛辣なメリッサの最終通告の様な言葉を聞いた支配人の顔が、一瞬にして首筋まで真っ赤に染まった。
「ええい、もう結構!これ以上、あまりにも酷い言いがかりをつけられる様でしたら、警察を呼びますよ!」
「そ、そんなーー」
支配人の怒声に店内が騒然となり、駆けつけた従業員に囲まれた二人が途方に暮れているその時ーー
「うちの身内がどうかしたのかしら?」
まるで上質の絹のような、滑らかで気品を感じさせる女性の声が響いた。
そのあまりにも魅惑的な響きに、店内にいた全員が声のした方向を凝視した。
ゴシック調の装飾が施された入口から姿を現したのは、明らかに上流階級の出身を思わせる気品とオーラをその身にまとった、ひとりの貴婦人だった。




