捲土重来 part3
「皆様、お茶はいかがですか」
フォレストがティーセットを運んできた。
「リラックス効果があると言われている、カモミールティーでございます」
「ひと仕事終えた後なのにお茶?俺、エールが飲みてえんだけどなあーー」
「ジャック!ワガママ言ってんじゃないの」
「……すいません」
気がつけば時計は12時を回り、ノーラの使い魔である動物たちも姿を消していた。
「何よもう、すっかり真夜中じゃない。睡眠不足はお肌の大敵なのに。まったく!」
ノーラのボヤきを受け、フォレストがささやくように話しかける。
「ノーラ様、ご安心くださいませ。ノンカフェインでございますから、ゆっくりとお休みいただけますよ」
ジャックは一緒に運ばれてきたサンドイッチにかぶりついた。
「う、うめえ!若様も食べなよ、このスモークサーモンすげえ美味えぜ⁉︎」
「知っている」
ハワードはサンドイッチやスコーンには手をつけず、静かにお茶を飲んでいる。
「さて。じゃあ、今日の反省会を始めましょうか」
テーブルを挟んで、ハワードとジャックの対面の長椅子でくつろぎながらノーラは落ち着いた声で話し出した。
「まずハワード。今回のアンタの立ち振る舞いは何?」
「ああ、分かってる。焦って先走り過ぎてしまった。すべて僕の責任だ」
自責の念に駆られているのか、ハワードの声には元気がない。
「違う、そうじゃない」
低いノーラの声に、ジャックは静かな怒りを感じとった。
「あの化け物にかけられていた罠は、あたしですら気づけなかったほど巧妙だったから、仕方がない。問題はその後よ」
ノーラは長椅子からテーブルに飛び移ると、至近距離からじっとハワードを見つめた。
「一つは、自分の身を盾にしてあたしたちを庇ったこと。そしてもう一つ。手傷を負いながら、移動魔法を使ったこと」
「……すまない」
「アンタの身に何かあったら、ウォルズリー家だけじゃない、イギリスーーいやこの世界に与える影響は理解しているはずよね?」
『へえ?世界に与える影響って、またえらく大きく出たな。しかし、若様のあの顔!』
明らかに落ち込んでいるハワードの様子を面白がっているジャックに、ノーラがピシャリと言い放った。
「ジャック!アンタもよ!」
「へ?俺も?」
「バカみたいにパンパンパンパンパンパンパン!残弾数も計算せずに撃ちゃいいってもんじゃないの!」
「そ、そんな事言ってもよおーー」
「まあ、どっちみちあんなしみったれた弾じゃ一緒だけどね」
「ーーひっでえなあ」
「アンタたち、本当にしっかりしなさいよ。まあ、お説教はこの辺にしといて、現在までに判明している事実に、新たに今日分かった事を加えて整理しましょうか」
改めて三人はテーブルに拡げた地図を眺めた。
「連中が現れたのがここだ。イーストエンドの外れ」
フォレストが地図にピンを刺した。
「しかしこうやって見ると、この一年足らずの間に随分とまあ暴れてくれたもんだわ」
ピンはロンドンを中心に東西南北、主要都市から小さな田舎町まで無数に刺さっている。
「厄介なのは、犯行に共通性がない事ね。場所、犯行規模、被害者の年齢や性別まで、てんでバラバラ」
「共通していることはただ一つーー例のオベリスクだ」
じっと地図を眺めながら、ハワードが呟いた。
「なあ、若様。アレは全部の現場に残されてるのかい?」
「そうだ。そして我々が気づいていないだけで、もっと多くの場所で被害が出ている可能性もある」
「白猫の姉さん、アレは呪いのナントカだって言ってたよな」
「『呪物』よ。並の人間なら触れるだけで精神を蝕まれ、大地は血の底まで穢される。あんな厄介な代物をご丁寧に犯行現場に打ち込んでいるということは、何らかの狙いがあるのは間違いないわ」
「今日分かったことは、連中の側に黒魔術を操る強力な魔法使いがついているって事だ。恐らくは伝統的な『魔女』と呼んでもおかしくはないほどの実力者が。心当たりはないのか、ノーラ?」
ノーラがフンっと小さく鼻を鳴らした。
「今のイギリス、いえヨーロッパ中探してもこのアタシに正面きって喧嘩売るような真似するヤツはいないわ」
「けどよお、実際に俺たちをはめようとしたのはその魔法使いに間違いないんだろ?ねーさん、ナメられてんじゃねえの?」
茶化すような口調のジャックを、ノーラがジロリと睨んだ。
「アンタがアタシの事を舐めてる様ね。そのへらず口が2度と叩けないように、縫い付けてあげようか?」
「い、イヤだなあ、そんなワケないじゃん」
「何か、何かあるはずなんだ。連中の行動の法則が。それが分かれば、奴らの目的も見えてくる」
じゃれ合う二人を無視し、ハワードは地図を睨んだまま考え込んでいる。
「あれ……?」
ノーラの魔力で首を九十度近くまで捻じ曲げられ、声にならない悲鳴をあげハワードに助けを求めようとしていたジャックが、あることに気づいた。
「あのさあ、この地図についている丸の色に違いがあるのは、何でなんだ?」
「発見された被害の規模の違いだ」
「丸が赤いところは被害が大きかったって事か。それじゃあ、この事件ってどこから始まったんだ?」
「それはここ。赤丸がついた北西部の港町、リヴァプールよ」
「その次は?」
「ここだ。海峡に面した南部の町、ポーツマス」
「やっぱり、丸は赤いんだ。で、次は?」
「何よ、アンタ何考えてんの?」
「いいから、ほら続けて!」
「東海岸のキングストン・アポン・ハル、そしてウェールズ南部のスウォンジー。そしてーー」
「ちょっと待った!その次は、ここじゃねえ?」
ジャックはロンドンの北東部あたりを指した。
「……そうだ。サフォークの州都、イプスウィッチだ」
ハワードとノーラが顔を見合わせ、改めてジャックを凝視した。
「あのさあ!なんか書く物ねえ⁉︎」
興奮した様子のジャックの問いかけに、フォレストが万年筆を手渡した。
「すげえ!これさあ、俺、わかったぜ!」
自信満々に地図上に線を引いていくジャックだったが、急に手を止めた。
「あれ……おかしいな。間違いねえと思ったんだけど」
そう呟くと、罰の悪そうな顔をして二人の方を見てた。
「すまねえ、俺のカン違いかなあ。これじゃあ思ってたのとまるっきり逆さだもんな」
だが、地図に描かれた図形を見たノーラが一拍の沈黙の後、叫んだ。
「勘違いじゃないわ……ジャック!そうよ、それが正解なのよ!」
ハワードも、興奮したように叫ぶ。
「待ってくれノーラ、これがもしアレだとしたら、とんでも無い規模だぞ?それに、他の事件現場はどうなるんだ⁉︎」
ノーラだけでなく、ハワードも驚きを隠せない様子なのを見て、ジャックは呆気に取られていた。
「アタシたちの目を欺くための陽動ーーいえ、そうじゃないわ。ハワード、バーミンガムやオックスフォードをはじめ、被害規模の小さな事件現場はすべて、さっきの五都市を結ぶ円周上にあるのよ!」
「そうか、そういう事か……!」
ハワードが地図上に描かれた図形に、さらに円を書き加えた。
「なあ、二人で盛り上がっているところを悪いんだけど、説明してくれよお」
話題についていけず不満げなジャックに向け、ハワードが語りかける。
「お手柄だ、ジャック。これを見ろ!これが奴らの狙いだったんだ」
「奴らの狙いってーーこの図形がどうかしたのか?」
地図に描かれていたのは、五都市を結んで描かれた逆さの星印と、それを正円で囲んだ図形だった。
「これは、秩序と調和のシンボルである五芒星を逆さにした、逆五芒星。古から伝わる悪魔崇拝のシンボルよ」
「そして、逆五芒星を中心に事件現場をつなぐと出来上がるのがーーこの巨大な魔法陣だ」
「魔法陣?一体、何のために?」
「連中は人々の血で描かれたこの魔法陣を利用して、魔界でも最上位級の悪魔を召喚しようとしているんだ!」
ハワードの眼が、再び赤く激しく染まっていった。




