デッドマンズ・ウォーキング part3
随分と、本当にずいぶんと間隔が空いてしまいました。相変わらず体調は良くないのですが、少しずつでも続けていこうと思っています。
ヨシオカセイジュ
「少なくともこれだけの規模の仕掛けをあの小悪魔一匹で行えるはずがない。他にもっと大物がいるはずよ」
「な、何を言ってーー」
動揺する屍食鬼に、ハワードが剣先を突きつけた。
「色々と聞きたいことがあるが、まずはーー僕の車を盗んだのは、おまえか?」
目を逸らし沈黙を続ける屍食鬼だったが、突然悲鳴をあげた。
「ぎゃああーー!」
ハワードが剣を握る手首を軽く振るっただけで、巨大な片腕がぼとりと落ちたのだ。
「少しは話す気になったかな?」
ハワードの問いかけに、屍食鬼は脂汗を浮かべながらも不気味な笑みを浮かべた。
「……あまり見くびらないでいただきたい」
ずるり、ずるるるっ。奇妙で不快な音をたてながら、驚くべき速さで新しい腕が再生されていく。
「私とて、伊達に不死者のリーダーを務めている訳ではないのですよ。あなた方におめおめと従う訳にはいきません」
「そうか。それなら仕方がないな」
「ーー闇を灼き払う紅蓮の焔よ。その力を我が剣に纏えーー」
顔の前に剣を構え直したハワードが呪文の詠唱を行うと、白銀に輝く刃がその瞳と同じく深紅に染まっていく。
「ふんっ!」
気合一閃、連続して剣を振るうと、今度は一瞬にして両腕が切り落とされた。だが先ほどとは違い、床に落ちた両腕は激しい炎に包まれ瞬時に燃え尽き、肉体は再生しなかった。
「ああっ、わ、私の身体が!」
悲鳴をあげる屍食鬼に、ハワードは改めて問いかけた。
「答えたくないならそれでいい。首だけになったおまえが『どうかお願いします、すべてお話しさせてください』と泣いて懇願するまで、その醜い身体を刻み続けるだけだ」
『こいつやべえぞ、マジだ……!』
喋り方こそ冷静で落ち着いているものの、銀仮面からのぞく真っ赤に染まった両目で迫るハワードにジャックは圧倒されていた。
「ち、違う!私じゃない!私は関与していない!」
ハワードが再び剣を構えた。
「ま、待ってくれ!私が知る限りのことなら、何でも話すからーー」
ハワードの圧力に慌てた屍食鬼が喋り出そうとしたその時、何かに気づいたノーラが叫んだ。
「ハワード、待ちなさい!それ以上追い詰めるのはーー」
ノーラの言葉が終わるのを待たず、突如、屍食鬼の身体が硬直したかと思うとギチギチと耳障りな軋み音を響かせながら膨張し出した。
「グアアア……まさか……そんな!」
信じられないと言う顔つきで悲痛な呻き声をあげる屍食鬼だったが、その身体は膨らみ続け、やがて倍ほどになったところで限界に達したようにぴたりと動きを止めた。
「二人とも、離れて!」
次の瞬間、皮膚の表面に無数の亀裂が縦横に走り、断末魔の叫びと共に屍食鬼の身体が大爆発をおこし吹き飛んだ。
「伏せて!」
「危ねえ!」
咄嗟に頭を抱え身を伏せたノーラとジャックだったが、ビリビリとした空気の揺れを感じただけで、その身に被害が及ぶことはなかった。
不思議に思い、恐る恐る顔を上げたジャックが見たのは、二人を庇うように両手を広げ、仁王立ちしたハワードの姿であった。
「ハワード……あんた何してんの!」
「大丈夫かよ、若様⁉︎」
「防御魔法を発動させた。何の問題もない」
純白のマントを翻し、振り向きもせずに平然とした素振りを見せるハワードだったが、足元には血だまりが少しずつ広がっており、負傷しているのは間違いなかった。
『誰かが危機に陥った時、助けが必要な時。ハワードはいつも真っ先に立ち向かうんだ。それを蛮勇と呼び、愚かと笑う者もいた。
ーーだがな、僕はあいつのその無防備な背中を、守りたいと思ったんだよ』
ハワードの学生時代からの友人であるチャーチルの言葉が、ジャックの胸をよぎった。
失血の影響か、銀仮面越しに見えるハワードの眼が深紅から透き通るようなブルーへと戻っていくのが見える。
「くっ……」
ぐらりとよろめいたハワードの身体を、慌てて支えるとジャックは叫んだ。
「無理すんなって!とにかくよお、白猫のねーさん!若様もケガしているし、バケモンもくたばっちまったんだから、こんな所とっととオサラバしようぜ!」
「……そう簡単にはいかないみたいよ、ご覧なさい」
ノーラの指差す先には、先ほどの爆発の影響か、崩れてきた石壁が出口を完全に塞いでしまっていた。おまけに周囲の壁から、大量の水が凄まじい勢いで流れ込んできていたのだ。
あっという間に膝下近くまで上昇した水面から漂う、すえたような匂いにジャックは気づいた。
「こいつは……このすぐ側を流れるテムズ川の匂いだ!俺たちは地下四階か五階分くらい降りてきているから、恐らくここはテムズ川の真下になってる。このままじゃ、あっという間に水没しちまうぞ!」
「何もかも、計算尽くってわけね」
ノーラが忌々しげにつぶやいた。




