デッドマンズ・ウォーキング part2
「『罠にはまった』?ふふふ、お利口を気取っても、所詮は亡者に毛のはえた下等な化け物ねえ」
まるで安楽椅子に腰掛けているかのように、ジャックの頭に片手を乗せてくつろぎながら笑いを浮かべるノーラの瞳が怪しく光った。
「そいつはどうだ?ノーラ」
ハワードがオベリスクから離れ二人の元へやってきた。
「あら、もう気が済んだの?」
「……ああ。仕方がない」
ハワードの口調は静かで落ち着いてはいるが、その中に苛立ちが隠されていることをジャックは感じ取っていた。
「さてーーおまえには色々と聞きたいことがある」
ハワードが歩を進め、屍食鬼と対峙した
「こちらとしても、おまえたちを追いかけるのにいい加減うんざりしていたところだ」
ノーラが言葉をつなぐ。
「そうね、捕まえても口もきけないほとんど獣みたいなのや、死にぞこないばかり。ちょっとはまともな話が聞けそうなのが出てきてくれて助かったわ」
あくまで格下の扱いを続けるノーラとハワードの態度に、屍食鬼は不快感を隠さなかった。
「……あまり、私を甘く見ないことですな。私はあなたたちには想像もつかない偉大な方に認められ、不死の軍団と共にこのオベリスクの番人を任されております。誰もここから逃れることはできないのですよ」
そう告げた屍食鬼に見る間に変化が起こっていく。顔つきは飢えた山犬のように凶暴で醜悪になり、その体は倍以上に巨大化し、配下の亡者と共にジリジリと包囲の輪を狭めてくる。
「おいおい、あの顔色悪いやつ何だかおっかないことを言ってるけど、一体どうすんだ?なんか手はあるのかよ!」
二丁拳銃を再び腰に戻し、迫り来る亡者の群れを相手に両手に構えたナイフを威嚇するように動かしながら、ジャックは叫んだ。その声に応えるように一歩前へ出たハワードをノーラが制した。
「ハワード、あんたはやり過ぎる。下がってなさい」
「……」
不満気にハワードが剣をしまうと、ノーラは静かに呪文を唱えはじめた。
「天に祝福されし聖なる水よ。無限の深淵から湧き出し、邪気を纏い闇に蠢く不浄なる者たちを清めたまえーー」
その詠唱はまるでクロウタドリのさえずりのように、聞く者の心を魅了する軽やかで美しい響きにあふれている。そして、それに合わせるように地下の空間に突如として渦巻く雲が出現したかと思うと、亡者の群れへと大粒の雨が降り注いだ。
「何だよこれ!部屋の中でいきなり雨が降ってきやがった!」
降り注ぐーーご丁寧なことにノーラだけはきれいに避けながらーー大量の水滴にすっかりずぶ濡れになり驚きの声をあげたジャックだったが、それに輪をかけて驚いていたのは屍食鬼だった。
「こ、これは!!」
降り注ぐ水滴を浴びた亡者の集団が、声にならない悲鳴をあげると身体中から蒸気を放ちながら次々と溶けて消滅していくのだ。気がつくと三人を囲んでいた亡者はすべて消滅し、残されたのは屍食鬼ただ一人だった。
呆然とする姿を見下ろし、ノーラが皮肉な笑みを浮かべる。
「何を驚いているの?普通の人間には単なる水に過ぎないけど、不死者や死霊術によって操られる不浄な者にとっては致命的な聖水の雨ーーセイクリッド・レイン。こんなの聖属性魔法の初歩の初歩よ。あんたには色々聞きたいことがあるから手加減しておいてあげたから」
ジャックの頭上から聖水で清められた床へ、ノーラは音もなく降り立つと屍食鬼に近づき、じっと見つめた。深い海のような青い右目と、真夏のひまわりのような黄金色の左目ーー左右で色の違うノーラの神秘的な彩りの瞳から放たれる眼光は、見つめられた者を震え上がらせる鋭さと強烈な圧力に満ちている。
「『偉大な方』ですって?笑わせないでね。あんたの飼い主は『地獄の伯爵』ことビフロンスでしょ?」
「……ど、どうしてそれを!」
屍食鬼の身体が小刻みに震えだす。
「死者や亡者を利用して使役させるような、下衆で低俗な悪魔はそうはいないわ。『ゴエティア』で序列46番目にやっと記載されるレベルの奴をありがたがっている時点で、あんたは救いようのない馬鹿な小物なのよ。で、他の連中はどこ?」
「なんの事だ……!」
「少なくともこれだけの規模の仕掛けを、あの小悪魔一匹で行えるはずがない。他にもっと大物がいるはずよ」




