ダークサイド・パラダイス〜シルバーゴースト part3
「ハワード、慎重にね」
ノーラの忠告が耳に入らないかのようにハワードは扉に手をかけると一気に力を込めた。木製の扉は見た目よりは軽く、左右にゆっくりと開いていく。
室内は真っ暗で、飼育係がいなくなった家畜小屋を思わせるすえた獣臭さと、湿ったカビ臭さが一体となった様な異臭が漂っている。
ピチャリ。
続いて踏み込んだジャックの足元で水音が響いた。
「すげえ嫌な匂いがするぜ。それに水がたまっているみたいだが、地下水でも染み出しているのかな。しかし、こりゃあ思ってた以上に広いみたいだ。姉さんの“光の玉”でも薄暗くて見えねえ」
「もうちょっと明るくするわ」
ノーラが呪文を唱えると、球体はさらに輝きを増し、だんだんと室内の様子が窺えるようになってきた。内部は歴史を感じさせる古い石造りで、恐らくは中世から隠し部屋として使われてきたと思われた。
「ふう、少しは明るくなってきやがったーーって、おい!」
その時初めて、ジャックは足元に溜まっているのが地下水などではなく、大量の血であることに気づいた。
「何てこった、ひでえ有様だな。よう、あれはなんだ?!」
広い室内の中央、ジャックが指差す先にあったのは先端が四角錐になった、オベリスクの様な形状の巨大な柱だった。
「また、これね」
ノーラがため息をついた。
ハワードは無言で近づくと、何かを探すように注意深く柱を観察している。
「こいつは一体……」
「触っちゃダメよ!」
不用意に近づいたジャックを制する様にノーラが叫んだ。
「な、何だよ姉さん、驚かすなよ!」
「アンタ、それをよくご覧なさい」
「ええ?ただのデカい石柱じゃねえのか。そういえば、何だか奇妙な模様が刻まれてるけどーー」
その時だった。
『ああ……うう……あああ……ああああ……』
『苦しい……ああ……ううう……』
『誰か……誰か……助けて…… 』
突然、柱からすすり泣きが聞こえ、それをきっかけに次々と苦渋に満ちた声が溢れ出してきたのだ。ギョッとしたジャックだったが、彼をさらに驚かせたのは石柱の表面の模様だと思っていたのが、苦痛に歪んだ大勢の人間の顔だった事だった。
「おい、これってーー!」
「これは、呪物よ」
「呪物……?」
「そう。極限の苦痛と絶望を与えられた人間の肉体を素材に、黒魔術で錬成された呪いの柱。止まぬ悲鳴とあふれ出す慟哭は瘴気となって打ち込まれた大地を穢していく。並みの人間なら、触るだけで肉体も魂も呪われるとびっきりの呪物よ」
よく見ると、老若男女ーー大人から、明らかにまだ子供と思われるものまでーー悲鳴をあげ、助けを求めているものがあれば、完全に沈黙してしまっているものもある。
「姉さん、こいつら助けることはできねえのか」
「無理よ。肉体は柱に完全に吸収されてしまっている。魂は瘴気を放出するエネルギーとして使用され続け、消耗しやがて尽き果てるしかないのよ」
「そんな、一体誰が、何のためにこんな酷えことをーー」
「犯人探しより、先にやることがあるみたいよ」
気がつくと三人の周囲をいくつもの人影が取り巻いていた。




