悪魔召喚 part3
「レメゲトン?テウルギア・ゴエティア?」
「わかりやすく言うと召喚魔術ーー悪魔を呼び出す呪文。ちなみにそれ、人間の皮でできているから」
「!!」
ノーラの言葉に、反射的にジャックは持っていた紙片を投げ捨てた。
「『レメゲトン』とは、旧約聖書に登場する古代イスラエル王国第三代の王、ソロモン王に由来する五種類の魔法書をまとめたもの。第一部『ゴエティア』、第二部『テウルギア・ゴエティア』、第三部『アルス・パウリナ』、第四部『アルス・アルマデル・サロモニス』、第五部『アルス・ノウァ』に分かれていて悪魔や精霊などの性質や、それらを使役する方法を記しているわ。特にこの第二部『テウルギア・ゴエティア』は人間より上位の霊的存在ーー力のある悪魔や精霊ーーを呼び出すことができる召喚魔術の書なのよ」
ノーラの言葉を継いで、ハワードが語る。
「『切り裂きジャック』は単独犯の犯行じゃない。悪魔を信奉する狂信的な集団『ヘルファイヤ・クラブ』の生き残りーー契約により自分自身が魔物と化した連中が起こした事件だったんだ。父は連中を追い詰め殲滅させたが、逃げ延びた一部の奴らは再び闇に潜ってしまった」
「て、ことはーー」
「そうだ。連中は再び戻ってきた。力を蓄え、あのギャングのように悪魔の力に憧れる者を新たにメンバーとして取り込み、さらに大規模になって動き出したんだ」
そこまで語ると、ハワードはデスクの上の広げられた地図を指差した。
「十八世紀ーーはじまりの事件。そして『ホワイトチャペル殺人事件』。どちらも被害はロンドン市内に限られていた。だが今回は違う。この一年間、広くイギリス全土で奇怪な事件が頻発して起こっている」
地図にはロンドン市内はもちろん、イギリス全土に渡ってピンが刺さっている。
「おかげでウチの子たちも大忙しよ。総動員しても全然手が足らないってわけ」
ノーラのぼやきに、動物たちが賛同の意を表すかの様にいっせいに鳴き声を上げた。
「議員であるチャーチルのネットワークから、政界・実業界からギャングまでメンバーの可能性のある連中をリストアップしてマークしているが、あまりにも範囲が広すぎて後手に回っているのが現状だ」
「何で警察や、軍隊の力を借りないんだ?そうすりゃあーー」
「ジャック。おまえ自身も経験したからわかるだろう。普通の人間ではあの魔物たちには太刀打ちできない。それにーー奴らには僕自身の手で裁きを下さなければならない」
そう語ると、ハワードは壁に飾られた初代当主の肖像画に目を向けた。
「奴らはわざわざ我が家の車を盗み出すと、犯行現場で乗り回し奇怪な猟奇事件の容疑者という汚名を着せてくれた。これほどまでに軽率な振る舞いが何を招くのかーー我がウォルズリー家の名を軽んじた者がどのような結末を迎えるかーー骨の髄まで思い知らせる必要があるんだ」
ハワードの声に秘められた怒りの強さに、ジャックが圧倒されたその時だった。不意にノーラが顔をあげて叫んだ。
「窓を開けて、早く!」
「え?お、おう」
その言葉に押されてジャックが慌てて書斎の窓を開けたと同時に、純白の大きなフクロウが腕の中に飛び込んできた。
「何だよ、また新たなメンバーが飛び入りかよーーって、おい!この子ケガしてるぞ!」
よく見ると純白の腹部が赤く染まり、かなりの傷を負っているのがわかる。
「あ、こら暴れるなって!」
最後の力を振り絞るように、必死の羽ばたきでジャックの腕から離れると、フクロウはソファーのノーラのもとへ舞い降りた。
「ーーーー!ーーー!」
フクロウはしばらくの間、何かを訴えるように鳴き続けていたが、やがて静かに羽を下ろし、動かなくなった。ノーラはフクロウの身体をそっと抱き寄せると、囁くように優しく声をかけた。
「ご苦労様、ミネルヴァ。もう休んでいいのよ……」
動物たちが集まってきてフクロウの周りを取り囲み、うなだれる中、ノーラが振り向いた。
「連中が動いたわ、ハワード」
「街へ出るぞ!」
銀仮面を着け、剣を片手に歩き出したハワードの声が部屋に響いた。




