悪魔召喚 part2
「連中は遊び半分の座興で禁忌の魔術ーー黒魔術に手を出した。そしてある夜ーー本当に悪魔を召喚してしまったのよ」
「悪魔って、まさか、そんな……」
信じられないといった表情のジャックを無視するように、ノーラは話し続ける。
「恐怖に震える連中の前で、悪魔は様々な奇跡を起こしてみせた。想像を超えた力を目の当たりにし、連中はすっかり魅せられて自ら望んで悪魔と契約を結んだの。
ーーその先に何が待ち受けているかも知らず。まったく、愚かにもほどがあるわ」
デスクに座ったまま、ハワードがチラリとノーラに視線を走らせた。
「金、地位、権力……連中は、悪魔の力で様々なものを手に入れていった。だが、欲望は満たされることなく、次第に狂気に飲み込まれていき、遂には身も心も魔物と化して生贄を求め、残虐な殺人を繰り返す様になったのよ」
「ちょっと待てよ、何でそんな連中が逮捕されねえんだよ!」
ノーラが面倒臭そうにフンッと鼻を鳴らす。
「あのねえ坊や。容疑者は遥か雲の上の存在である有名政治家や大貴族。具体的な証拠はほとんど残されておらず、しかも犠牲者は売春婦や孤児など、行方不明になってもだーれも心配しないような存在の人間ばかり。警察も本気の出しようがないって訳よ」
ガタン!
顔を紅潮させたジャックが椅子を蹴飛ばし、ノーラに詰め寄った。
「てめえふざけんな!『行方不明になっても誰も心配しないような人間』って、そんな人間いるか!人間はみんな平等だ!」
「あらまあ、無邪気なもんねえ。フランス革命じゃあるまいし、そんな与太話信じてるわけ?ま、もっとも連中はその美辞麗句のもとに反対派をギロチンにかけまくってたんだけど、それについてはどう思う?」
興奮するジャックとは対照的に皮肉めいた笑いを浮かべるノーラをいさめるように、ハワードが二人の間に割って入って話し出す。
「警察では手の出しようがないーーそこで時のイギリス国王ジョージ三世から、我がウォルズリー家にこの事件の解決の依頼が来たんだ」
「国王直々に……?」
「ああ」
ハワードが壁に掲げられた肖像画を指差した。
「偉大な魔法使いとして世界各地を放浪していた初代当主がこの地を訪れ、終の棲家としてこの城を築いたのが今からおよそ七百年前ー十三世紀のことだ。それ以来、王室や政府では手に負えない問題が起きたときは我らの持つ“聖なる力”を貸す。その代わり、我々の活動に一切の口出しは無用ーーという協定が結ばれているんだ。
当時のウォルズリー家当主は連続殺人事件に『ヘルファイヤ・クラブ』が関わっていることを突き止めた。そして既に魔物と化した連中を処分し、それ以外の関係者には固く口止めをし事件を鎮静化させたんだ」
「でも、それは十八世紀ーー今から二百年も前の話なんだろう?なぜ、いまさらーー」
「ジャック。今から十六年前、市内のイーストエンドのホワイトチャペル周辺で起きた事件を知っているか?」
「あ、ああ。そりゃあもちろん。俺はまだガキだったから覚えちゃいねえけど、あの辺りの売春婦が片っ端から惨たらしい殺され方をした『ホワイトチャペル殺人事件』だろ?犯人はあの『切り裂きジャック』じゃねえかって噂になった連続殺人事件だ」
「そう、あの『切り裂きジャック』だ」
「まさか!あいつ……!」
「そうだ、奴は『ヘルファイヤ・クラブ』の生き残りのメンバーだったんだ」
ハワードが本棚から一冊のバインダーを抜き出した。
「『ホワイトチャペル殺人事件』ーーそして『切り裂きジャック』。その手口が十八世紀の『ヘルファイヤ・クラブ』に酷似しているという事で、ヴィクトリア女王から当主である僕の父に依頼が来た。これを見ろ」
ハワードはファイルを開き、一枚の厚みのある紙きれを取り出した。それはジャックには解読不能な茶褐色の文字が綴られており、おそらく焼却処分しようとしたのであろう、焼け焦げた跡がある。
「父が犯行現場で発見した、唯一の手がかりだ」
「これは羊皮紙なのか?だが何だ、この見た事もねえ文字は……」
ノーラが呆れたような口調で話す。
「学がないのは仕方ないけど、それはラテン語。いにしえの『グリモアワール(魔術書)』の一つ、『レメゲトンーソロモンの小さな鍵』の第二章「テウルギア・ゴエティア」の一節よ」
「レメゲトン?テウルギア・ゴエティア?」
「わかりやすく言うと召喚魔術ーー悪魔を呼び出す呪文。ちなみにそれ、人間の皮でできているから」




