悪夢を手放せ、と白猫は囁いた part2
ハワードの喉元に突き立てた剣先に力を込めようとしたジャックだったが、寸前でピタリと止めるとしばらく考えるそぶりを見せた後、剣を放り投げた。
「……やーめた」
「何故だ?」
「俺は舐められるのは大嫌いだが、茶番に付き合うほどお人好しじゃねえよ」
ジャックは冷めた口調で話そう告げると、床に座り込んだ。
「あんた、何者なんだ?何が目的なんだ?」
ハワードは身体を起こし、同じように床に座り込むとジャックに視線を合わせた。
「どう言う意味だ?」
「あの化け物に使った、魔法だか何だかよくわかんねえ奇妙な術。あんた、ただの金持ち貴族様って訳じゃあないよな。だが、一部始終を見た俺の口封じならわざわざ助ける必要もねえし、あのまま放っておきゃあいいだけの話だ。違うかい?」
「……」
「なのにあんたはそうしなかった。わざわざ助けて、その上で追い詰める。俺の緊急時の対応力と判断力を試したかったんじゃないのか?」
「……」
「人をオモチャにしやがって、ぶち殺してやろうかと思ったぜ」
「じゃあ、なぜそうしなかったんだ?」
ジャックは皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「俺はギャングで、人の道に外れるようなことも随分としてきた。だがな、受けた恩だけは忘れねえようにしているんだ。あんたには命を救ってもらった恩義がある。例え、どんな理由があろうとそれは変わらない。それを忘れたら、俺は俺が大嫌いな連中と一緒になっちまうからな」
ハワードはゆっくりとジャックに手を差し出した。
「合格だ」
握った手の温もりにホッとしながら、ジャックは尋ねた。
「……何が?」
立ち上がったハワードは、勝ち誇ったように叫んだ。
「どうだ、僕が言った通りだろう?ノーラ!」
『ノーラって、あのメイドたちが話していたアレか、おっかないおばさんだっけ?筋肉ムキムキの大女か、ヒステリックな説教ババアか何だか知らねえけど、もうここまで来たらなんでもこいだよ』
だが、その声に反応してジャックの前に現れたのは、筋肉ムキムキの大女でもなければ、ヒステリックなババアでもなくーー
一匹の美しい白猫であった。
全身、一点のシミもなく輝くほどの純白。その瞳はいわゆるオッドアイと呼ばれる、左右で色が違うものだった。深い海のような青い右目と、真夏のひまわりのような黄金色の左目は見事なコントラストを描き、見つめられると吸い込まれてしまいそうな神秘的な美しさである。
ジャックがその優美な美しさに見とれていると、白猫もじっと見つめ返してきた。
「これこそ本当の『可愛い子ちゃん』じゃん!ほら、おいでおいで」
唇を尖らせチチッ、チチッと呼ぶジャックを、ハワードはデスクに腰掛け、興味深そうに見つめている。
白猫は軽い足取りでだらしなく笑顔を浮かべるジャックに近寄ると、二本足で立ちあがり
「なにジロジロ見てんのよ!オムツも取れないくそガキが!!」と吐き捨てながら、フルスイングの強烈なビンタを放った。
ジャックの身体は大きく吹っ飛び、周囲がスローモーションのように見える中、ハワードが腹を抱えて笑っているのを認識した。
『……あの野郎……わかってたくせに黙ってたなあ……だけど……何だよこれ……こんなの……常識的に……どう考えても……おかしいだろう……!!』
空中で二回転した後、ジャックは壁に叩きつけられ泡を吹いて失神した。
===============
~よいこの童話『ウォルズリー家と美しい白猫ノーラ』~
昔々あるところに、それはそれは美しい魔法使いの女王が治める、小さな王国がありました。
人々は心優しい女王のもと、幸せに暮らしていたそうです。
ところがある日、この国の豊かな資源に目を付けた西の大国に、戦争を仕掛けられてしまいました。
おだやかで争いを好まない女王は、なんとか友好的な解決を望みましたが、願いはかなわず、
長い戦争が続き、国は滅び、女王は命からがら逃げだしたところを旅の魔法使いに助けられました。
魔法使いはもう二度と争いに巻き込まれないように、との彼女の願いをかなえるために
とても美しい白猫に生まれ変わらせたのです。
感激した彼女はその魔法使いと共に世界をめぐり、たくさんの人を助けました。
そして十三世紀、この地を訪れた魔法使いと白猫は一夜にして城を建て、
世界の人々の平和のために尽くすと誓ったのでした。
そして時は流れ、魔法使いが亡くなっても、
心優しく素晴らしく美しい白猫はこの城にとどまり、
その子孫たちを守っていくのでした。
めでたし、めでたし。
おしまい。
===============




