プロローグ〜光と闇、舞台の幕が上がる〜
十九世紀から二十世紀にかけて、大英帝国はハノーバー朝第6代女王ヴィクトリアの統治のもと、強力な軍事力と優れた工業力に支えられた産業革命を背景に、世界の約6分の1を植民地化し、イギリス主導の世界秩序「パックス・ブリタニカ」を体現していた。
――いわゆる「ヴィクトリア朝時代」である。
それはまさに「世界に冠たる大英帝国」の黄金期であり、その栄華の恩恵を最も享受したのが帝都ロンドンだった。
世界最大の近代都市として、政治、経済、さらには芸術や文化をもリードし、未曾有の発展を遂げたロンドン。その繁栄は人々を酔わせた。しかし――
人々は知らない。 華やかさの陰で息を潜める弱き者たちの嘆きを。
人々は知らない。 傲慢と強欲に囚われた者たちが、禁忌を破り闇を招こうとする企てを。
そして遂に、その時が訪れる。
1901年1月、新たな時代を告げる二十世紀の幕開けとともに、イギリスに悲劇が襲いかかる。 「帝国の母」「慈愛の王」として国民に愛されたヴィクトリア女王が崩御し、イギリス全土は深い喪の中に沈んだ。
翌年1902年、後を継ぎ即位したエドワード7世の戴冠式を目前にして、邪悪な意志が形を成す。破壊の刃と憎悪の衣を纏った怪物が、ついに闇からその姿を現したのだ――。
混沌と恐怖の舞台となるロンドンを救うべく立ち上がるのは、イギリスはもちろん、ヨーロッパ有数の大貴族たる名門ウォルズリー家の長子であるハワード・ウォルズリー。誇り高くプライドに満ち、その正義と勇気は常に弱き者たちへと向けられている。
伝説の大魔法使いの血を引き、古今東西の魔法を極めると同時に、剣技にも神速の冴えを持つ真の戦士である。
そして彼に相棒として伴うのは、ロンドンの裏社会で売り出し中の若きギャングスター、ジャック・レスター。孤児院育ちで幼い頃から孤独と憎悪だけを友に過酷な人生を歩み、ギャングとして名を残すことで自分の存在を証明しようとする男。荒事の腕前はもちろん、金銀財宝から女性に至るまで、手の速さは超一流。付いたあだ名は「二丁拳銃のジャック」。
ある事件でハワードに命を救われたことをきっかけに、イギリス全土を巻き込む奇怪な大事件に巻き込まれていき、過去の影を振り払いながら新たな未来を切り開こうとしていく。
何もかも正反対の生い立ちと性格を持つ凸凹コンビを見守るのは、かつてヨーロッパ中に悪名を轟かせ、七百年もの歳月に渡りウォルズリー家の守護者として仕える“はじまりの魔女”――その化身である美しき白猫ノーラ。
怪物が跋扈し未曾有の危機が迫る霧の街ロンドンを、愛車“シルバーゴースト”が駆け抜ける!二人と一匹が繰り広げる前代未聞の冒険活劇が、いよいよ幕を開ける!