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カイリーと緑のトンネル  作者: アズ
第3章
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 個人を包摂する社会のように人間を包摂する人間国を築き、そこに多くの人間が集まり、こんなにも人間が各地に散らばっていたのかと驚くのはいつも首都と港街に来た時だ。人間の時代という前提が覆されてから長い月日が流れ、ようやく再出発を果たした人類。今後は他の種族と共にグローバルにやっていくのだろうか。

 カイリー達は港街から出航し北半球にある最初の港街に到着した。船の外に出ると吹きつける冷たい風は顔面に刺さるような痛みを与え、思わず身震いする。船に戻りたいという感情をおさえ、早く街の建物に向かった。

 それは自然由来の木造建築の二階建て、中は暖房が効いていて入った瞬間に天国に来たような安心感があった。

 人間国の公館としては規模が小さいのは、人間のほとんどが人間国へ移り住んだからと、この寒さでは開拓も難しいからだった。更に行方不明者の続出もあってか、多くがこの土地から離れたがっていた。

 カイリー達は公館の館長に会って挨拶をすると、事前に本国から通達があった通り調査の準備は事前に一通り用意されてあって、カイリー達は雪原でも走れる専用車に直ぐに案内された。

「それで、氷の大地とやらの状況は現在どうなっているんですか? 確か地震が続いているとか」

 カイリーは運転席に乗り込んだ30代の男に訊ねた。男は館長に言われ氷の大地まで運転することになった男は黒人で長身、服はカイリー達同様防寒着で頭にはニット帽、その間から僅かに黒髪が出ていた。人種といってもエルフのような決まった特徴ではなく、人種の中にも特徴は多様であった。だが、多くは気にならない。それはそれより大きな違いがある四種族の存在があるからだろう。

「もう氷の大地と呼べないよ」

「どういうこと?」

「氷はほとんど割れて海面があらわになっているからさ」

「えっ!?」

「想定より早く氷が解け始めていて、山より先は船が必要になる。だけどまだ大きな氷が沢山あって船を通すのは無理だね」

「それじゃ行方不明者はどこに?」

「山の何処か、でなければ本当に神隠しに会ってこの世にいないとか」

 この世じゃないとしたら他界?

「皆、氷が解けたらそこに封じられていた太古の化け物が現れるとか真に受け怯えた奴らはとっとと人間国へ逃げ出したけど、ドローンで飛ばして確認しても特に異常はなかったよ。冥界だなんてそんな幻想本当にあるわけないのにな」

「でも、実際行方不明者は出てるんでしょ?」

「吹雪で行方不明になっただけで大袈裟なんだよ。あの雪の山から人を見つけ出すのは無理だ。影の噂もどうせ人間の恐怖心から生み出した怪物で実在するわけない」

「そう……」

 だが、カイリーは感じていた。自分の闇のエネルゲイアがこの先の闇を感じるのだ。とてつもない暗黒がその先にあると、そう直感が告げるのだ。




◇◆◇◆◇




 その頃、雪の降る真っ白な山にある洞窟、その奥から明かりのようなものがあった。それは火で、誰かが暖をとって寒さを凌いでいた。影は一つ、それは特徴的な耳を持つエルフの男だった。かつては族の王で、青龍と戦い勝った光のエネルゲイア使い、元王だった。彼は裸の上に包帯が巻かれてあり、男のそばには血で汚染した包帯が捨てられていた。元王は傷を負っていて、たまたま見つけた洞窟で傷が癒えるのを待っていたのだ。

 というのも数週間前。元王は玄武と決着がつかず一旦撤退した後、玄武を後回しに他の伝説の生物をターゲットにすることにした、そのターゲットというのが麒麟で、というのも麒麟については男はエルフの書物で知っていたからだ。かつて、父が伝説の生物について調査し、その生態について書に残したのを若い頃に読んでいた。そして、そのことから麒麟はこの地に現れるだろうとふんでいたのだ。

 結論からいくとその予想は的中した。麒麟はこの地に現れた。それは分身体とは違い黄金色に輝いていた。間違いなくあれが本体だと確信した。だが、現れたのは麒麟だけではなかった。

「元王が何故ここに!? いや、そうか。やはり伝説の生物を追って現れたか」

 いたのは同じエルフだった。しかし、彼らは追放されたエルフだ。つまり、彼らはエルフの森に生まれ故郷に踏み入れることを禁じられたエルフだ。

 エルフは3名、全員が弓矢を構えていた。矢は当然此方に向けられている。

「何故麒麟をお前達が追う?」

 元王は弓矢を此方に構えるエルフにそう訊ねた。

「当然、麒麟を手にする為だ」

 追放されたエルフが麒麟を手に入れてどうしようとしたのかはわざわざ訊くまでもなかった。元王は剣を抜いた。そのまま飛んできた三本の矢を振り払い落とす。折れた矢は積もる雪の上に落ちた。矢の先は雪に突き刺さっている。

 麒麟はエルフ同士の殺意にピクリと首を動かした。麒麟と自分達との距離は僅かだった。

「エルフの弓矢は遠くから放つから有利になれる。居場所も距離も不利な状況ではエルフの弓矢なんてなんの役にも立たない。何故、麒麟を遠くから狙わず近づいた」

「麒麟を傷つけたくはないからな」

「お前達では麒麟の背に乗ることは不可能だ」

「うるさい! 俺達の中でも誰かさえ乗れることが出来たらそれでいいんだ!」

「それがお前達の協定か。だが、麒麟はそもそも主を選ばない。麒麟は誇りが高いからな。麒麟が主人を選ぶという前提が間違いだ」

 3名は弓矢を捨て剣を抜いた。

「どうする? ここで戦えば麒麟は逃げるぞ。麒麟は伝説の生物の中では逃げ足は最速。テロスのAI技術のように正確に位置を特定出来なければこの雪山の中での捕獲は無理だ。この絶好のチャンスをお前達はみすみす逃せるのか?」

「ふん、お前に麒麟をやられるくらいならこうするさ」

 真ん中にいたエルフの野郎が利き手とは逆の手から風を生み出すと、それを一瞬で巨大化させた。他の二名は「馬鹿やめろ!」と叫んでいる。だが、3名はそもそも仲間の間からというわけではなかった。

「雪嵐!」

 直後、風を操ったエルフだけがテレポーテーションで即座にその場から消え去る。

 二名は悲鳴をあげ、麒麟はもう既に姿を消していた。あの二名はテレポーテーションが使えないようだ。

 元王も即座にテレポーテーションで退避した。

 置いてかれた二名を巻き込んで、山に巨大な雪の竜巻が吹き荒れた。

 元王は山の裏側にテレポーテーションし、なんとか難を回避した。だが、あれのせいで完全に麒麟を見失ってしまっていた。

「クソッ……とんだ邪魔が入った」

「それはお互い様だろ」

 それは先程の男の声だった。近くではない。脳に直接届いたのだ。これはサイコキネシスの応用、テレパシーだ。

「お前は残酷な奴だな。元からあのエルフを消すつもりだっただろ」

「まぁな。それより俺はお前の位置を把握している。今、俺はお前に狙いを定めている」

「なら、攻撃すればいい。何故わざわざ警告する?」

「一撃目を避けられたらこっちの居場所がバレるだろ。言いたいのは此方が少しだけ有利にあるってことだ」

 確かに、テレポーテーションがお互い出来る以上、これは体力だけが消耗していく不毛な戦いになる。雪山を舞台に持久戦はお互いにリスクがある。それとも、あえてお互い最後の体力が尽きるまで相手の背中を追い続けるか? 

「つまり、交渉したいということか」

「そうだ」

「だが、さっきの話からしてお互いの妥協点は見つからなさそうだが」

「まぁ聞けよ。あんたの強さを見込んで手を組まないか?」

 そういうことか。

「俺はエルフの森に帰りたいだけだ。俺とあんたならそれが可能だ。だろ?」

「俺は別に戻りたいわけじゃあない。俺はあんたと違って自分の意志で故郷を出たんだ。だから俺とあんたは根本から違う」

「なんだよ、手を組まないって言うのか?」

「俺はただ封印を解きたいだけなんだ」

「何故そこまで」

「妻に会う為」

「なに?」

「俺は妻をうまく逃がしたつもりだった。だが、俺が妻を追った時には既に妻はこの世にいなかった。影に連れていかれたんだ。氷の大地、あそこから下を覗くと微かに街が見える。冥界だ。他界とも呼ぶ。俺はそこに行きたいんだ」

「冥界に? なら死ねばいいだろう」

「いや、それでは駄目だ。冥界はそこにある。氷の下にだ。生きたまま行かなければ妻を取り戻せない」

「そんなことが可能なのか」

「封印が解ければ可能だ」

「だが、それはかなりまずいんじゃないのか」

「そうだ。この世の神は許さないだろう。だが、例え天罰がくだされようと俺は諦めるつもりはない。妻を取り戻すまでは」

「馬鹿な。女の為に世界を危険に晒すというのか」

「弟は気づいている。だから俺は裏切り者なんだ。世界にとっての、それこそ魔王と呼ばれようと俺は必ずやり遂げる」

「駄目だ。それじゃお前を殺らなきゃいけない!」

「だが、それはもう手遅れだ」

 突然、男の声が途切れた。

「お前は元から出来ないから知らなかったようだが、長時間のテレパシーはそれだけで相手に位置を知られるリスクがある」

 元王の手には既に光の残滓があった。気づかれないよう光の矢を光速で放っていたのだ。

「さて、これでようやく邪魔がいなくなった」




 元王が深手を負うのはその後の出来事になる。



 それでも元王は目的を果たすまで諦めることはなかった。

 世界が誕生する時、冥界が先か地上界が先か、それは誰も考えようとはしなかった。そんな証明出来ない事を考えたって無意味だと最初から思考を諦めてきたことが大半だからだ。しかし、世界の根本を追求せずして世界を知ることは果たして可能なのか。

 例えば国もそうだ。人間国は人間の時代という前提が覆された過去から発生する。人間という種が滅びない限り、人間の命は親から子へと世界各地に散らばりながらも拡大する。そして、再びそれが集結、団結した時、そこに血の繋がりは関係ない。重要なのは自分達の主権がある国、その土地を取り戻し、そこから人間国という国家がある。人間国の時代が始まる時、過去から遡ることで人間国が説明出来るように、過去と現在を切り離して語ることは出来ないし、根本や前提を無視して語り説明することは出来ない。

 そして、国家を一度失った人間だからこそ、国家はなくてはならないものだと理解する。

 テロスやエイドス、ヒュレーに適合することは出来ないのだ。

 だが、エルフの元王のしていることは故郷を捨て、更にその故郷を危険に晒そうとしている。そうまでしてこの男を突き動かす原動力は、彼が最も大事にする愛だった。

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