食人鬼
不気味な雰囲気を漂わせるいかにも幽霊が出そうな廃病院の周りは草が荒れ果てており、出入口の扉はドアそのものが何故か取り外され簡単に出入りが出来た。中は病院を想像されるような物とかはなく、例えば受付らしき広い部屋には椅子もなく撤去されてあった。更に奥に進むと診察室という案内板がついたドアがあり、そのドアを開けてみると、そこも何も残された物はなかった。
「とりあえず寝る部屋を見つけてそこで一晩泊まって、朝になったら街を出るでいい皆?」とルナは訊いた。
するとアンジェリーが質問する。
「私達が一緒にいるのは街を出るまでだったよね?」
「えぇ。その後は各自解散よ」
「分かった」
「ねぇ、皆はさ街を脱出したらどうするの?」とレインは皆に訊いた。だが、ルナはあまりいい顔をしなかった。
「お互いの詮索はやめましょう」
「詮索って……そんなつもりじゃ」
「それじゃ言い方を変えるわ。リスクがある。例えばこの誰かが街を脱出後にテロスに捕まったとして、当然仲間の行方を知ろうと拷問にかける。その時にべらべらと喋られたら困るでしょ」
「分かったわよ」
レインは不機嫌になった。
それから、ルナの提案で私達は夜になる前に見回りをすることになった。カイリー、レイン、ボニーは一階と二階、それ以外は三階から屋上を見て回ることとなった。また、ついでにカイリー達は一階にあるブレーカーを調べることとなった。
一階には手術室や薬の調合室に宿直室、検査室等があった。そして、ブレーカーを見つけると、レインがそれを操作した。だが、いくらやっても反応はなく、廃墟の病院に電気は通らなかった。まぁ、これは想定していたことだ。それから私達は階段を登った。二階からは患者の病室がメインで大部屋ばかりだった。かなりの大きな病室そうに見えたのだが、テロスはここではなく高度な医療ポットで治療してしまう。私達人間がそのポットを使えるわけもない。そこでも医療や種族との格差を感じた。
二階を回っていると、その途中からレインが話しかけてきた。
「ねぇ、街を出たらあなたはこれからどうするの?」
「え?」
「あの女には詮索はやめるよう言われたけどさ、私とボニーは街を出た後も一緒に行動しようって決めたの。で、もしあなたが良ければ私達と一緒に行かない?」
「私が?」
「それとも生まれ故郷に帰りたいとか?」
「いや……私はあのテロスに復讐を果たしたい」
「復讐?」
「テロスは私の弟を奪った。私の目の前で」
「そう……それじゃレジスタンスに入るの?」
「そうなるかな」
「私もね、目の前で母親を殺されたの。私は何も出来なかった。それどころか簡単に捕まって奴隷。だからね、正直レジスタンスには何もできないよ。そりゃ復讐出来る力が私達にあったらだけど」
「……」
二階を見終えたタイミングで、上からルナ達が降りてきて私達は二階で合流した。
「何かあった?」とルナが訊いたのでレインは首を横に振る。
「そう。こっちは屋上で黒くて大きな糞を見つけた。恐らくあれは食人鬼の糞よ」
食人鬼という怪物がこの世にはいた。もう一人の『自分』がいた世界にはいないものだ。その見た目は黒い翼を広げた巨大なコウモリ。虫や果物を食べるコウモリとは違い、そのコウモリは人間を襲うのだ。そして、そのコウモリの顔は鬼の顔をしている。
夜道を人が歩けば、空から突然巨大コウモリが襲い食らうことから食人鬼と呼ばれるようになった。
しかも、それは長い間人間を捕食しなくても生きていける為、生命力は高い。その食人鬼は鋭い牙を持った口で人間の肉を抉り、傷口から血を吸い始める。食人鬼に襲われた人間は遺体の傷口から特定出来る程。
「それじゃこの近くに食人鬼がいるってこと?」
食人鬼は夜行性で日中ではまず活動しない。暗闇の場所で身を隠す為、連中は廃墟となった竪坑や近くの森に潜んでいるかもしれない。
「電気の方はどうだったの?」
レインは首を横に振った。
「連中は明かりに弱いんだったよね。どうするの?」
「蝋燭をともす程度の火じゃ食人鬼を追いやるのは無理ね。食人鬼を追い払うには松明ぐらいの火じゃないと」
「とりあえず焚火の準備をしよう。焚き火台のかわりになるものぐらいならあるでしょ」とアンジェリーは言った。
こうして私達は夜に備える準備をした。
◇◆◇◆◇
そして、夜。食堂で火をおこし焚き火をすると私達はその周りをとり囲んだ。
「交代で寝ましょう」そうルナは言って先にカイリーとボニーとレインが眠りについた。
とはいえ、直ぐには眠りにつけれなかった。目だけ閉じたが、耳からは外で吹き荒れる風の音が聞こえてくる。見張りをしている三人は静かで会話もない。そんな時間が暫く続いた頃、ルナが突然「何か聞こえなかった?」と訊いた。私は片目だけ開けた。メアリーは首を横に振っている。アンジェリーは「なにも」と答えた。だが、気になるのかルナは「ちょっと見てくる」と言って松明を取ってどこかへ行った。それから再び静かになり、私は開けていた瞼を閉じた。その直後だった。上の階の方から
パリン!
という音が鳴った。それも連続して数回。私はその音で飛び起きた。
「もしかして!?」
食人鬼なのか? 恐れていたことが本当に起こってしまった。上から羽の羽ばたく音がよく聞こえた。アンジェリーはそれを聞き分け「三体だ」と即答した。
私は寝ている二人の肩を揺らし起こした。
「もう時間?」とレインが眠そうな声で瞼を擦りながら言った。
「食人鬼が入ってきた」
私が二人に説明すると二人とも「えっ!?」と同じ反応を返した。
「皆松明を持って!」とアンジェリーは言う。
皆は言われた通りかけてあった松明を持ち部屋の出入口を見張った。そこへルナが走ってきて直ぐに扉を閉める。ドアにある施錠をかけると、その直後にドアに何かがぶつかった。
ドン!
その衝撃はかなり強かった。ドアは簡単には破られそうにはないが、どれぐらいもつかは分からない。
「こっち」
ルナは食堂の奥にある調理室へ向かった。その調理室には裏口がある。そこからルナは脱出しようと考えているようだ。だが、その裏口の扉からも激しい音が響いた。
ドンドンドンドン!!
「ど、どうしよう! 囲まれたじゃん私達」とレインは叫んだ。
「ルナ、何か考えは?」とアンジェリーは訊いた。だが、ルナは首を横に振った。流石のルナもそこまでは考えていなかったようだ。
「炎であの怪物をやっつけられないのか?」
「いや……多分外にはもっと沢山の食人鬼がいると思う」
「くそっ」とアンジェリーは悔しがった。
本当にもう助からないのか? 他にないのか? 私は頭をフル回転させ考えた。最初に思いついたのはコウモリの弱点だ。でも、食人鬼に通用するかは分からないし、道具がそもそもない。武器もないから他の方法を考える必要がある。だが、そもそも食人鬼はコウモリのようだが、コウモリとは違う食人鬼に効く弱点があるんじゃないか? それを考えていくと食人鬼は血を吸うという生き物……血…… 。
「食人鬼は血に反応するんじゃない?」
「つまり?」
「血を使ってうまく罠にかけられないかな」
私の提案にルナは考えた。
「一か八かだけど、それ以外に方法はないと思う」
「それじゃカイリーの案でいこう」とアンジェリーは言った。皆は黙っているが逆に考えれば反対もいなかった。
まず、適当に尖ったものを探しそれで自分の手を切り血を流す。その血を垂らしながらプレハブ冷蔵庫の中へと誘導させる。後はドアを突破した食人鬼がうまく血に誘導されてくれれば、そのドアを閉めその間にその場から離れる。
ドアの方は外側より内側の扉の方が破られそうだった。
私達は急いで隠れ、その時を待つ。皆がうまくいってくれと願っていると、遂に扉は衝撃に絶えきれずに吹き飛ばされ食人鬼が食堂へと入ってきた。カイリー達は調理室の壁に隠れていた。
暗闇の中、三体の食人鬼は早速罠の床にある血に気がつき、そのあとを辿り始めた。
そして三体が調理室に入った。だが、調理室にいるカイリー達には気づいていない様子だ。それより血が気になるようだ。
うまくいっている?
食人鬼はやがてプレハブ冷蔵庫の手前まで来た。警戒しているのか、そこで動きを止めた。だが、罠に気づいたわけではなさそうだ。再び食人鬼は中へと入り始めた。三体がプレハブ冷蔵庫に入っていくのを見届けた直後、急いでルナとアンジェリーが冷蔵庫の扉を閉めた。食人鬼は気づきプレハブ冷蔵庫のドアを内側から叩き始めた。私達はその間にその場から全速力で離れた。だが、ルナの予想通り外にまだいた食人鬼がカイリー達に気づき、襲いかかる。通路の窓ガラスを突き破って侵入し、そのまま壁に激突するも素早く起き上がり逃げるカイリー達を追い始めた。そこにアンジェリーが防火扉を勢いよく閉める。追いかけていた食人鬼は閉まる防火扉に間に合わずまたしても激突した。
ドン!
「走って!」
アンジェリーは叫び、自分も走る。
また、どっかの窓から侵入してきた食人鬼が飛び回り、カイリー達を追い始める。
ボニーとレインは大声をあげ叫んだ。
「一階はもう駄目」とルナは言う。私は「外は?」と言うとアンジェリーは「もっと駄目」と答えた。私は走っている途中で階段を見つけ「階段があるよ」と皆に知らせる。そして、一斉に階段を登り始める。
二階にあがり、防火扉を閉め、一階からのルートを塞ぐが、二階からも窓ガラスの割れる音が幾つもした。
「ねぇ、おかしくない? なんでこんなに群れるわけ?」とアンジェリーは言ったがレインは泣きながら「知るわけないじゃん!」と答えた。
「とにかく逃げるよ」
ルナはそう言って他の防火扉を閉める。その間にも上の階では次々と窓ガラスの割れる音がし、どんどん食人鬼達が羽ばたく音が重なって大きくなっていった。
「もう終わりだ!私達は死ぬんだ!」とボニーはパニックになった。それをアンジェリーは抱きつき「大丈夫」と言った。その横ではメアリーがルナの手を掴んだ。
本当に私達はここで終わってしまうのか?
その時だった。突然、冷たい風が背中から吹いた。
「え!? 何今のっ!?」とレインは声をあげた。
「空気が急に変わった」とルナは言い出した。
確かに、空気は変わった。でも、それはとてもとても嫌な予感がした。
すると、どこからかうめき声と泣き声が病院内で起こった。直後! 巨大な揺れが建物全体を襲った。
ガタガタガタガタ!!!
「もう! なんなのよ!? これ以上なにがあるって言うのよ」レインもパニックになり尻もちをつき、動けなくなった。
「まさか幽霊!?」と私は言った。
ここには過酷な炭鉱労働で沢山の患者がここに運ばれ、ここで大勢の人が亡くなった。その霊だというのか。
アンジェリーはとうとうおかしくなったのか、もしくは状況についていけなくなったのか、突然笑い出した。
「ハハハハ……あぁ、駄目だ私達」
だが、この悪夢はまだ終わりではなかった。いや、むしろ始まったばかりだった。