来たる驚異
「王よ! 何故この場所に!?」
「構わない。囚人の問いに我が答えよう」
王が自ら? と女は驚いた。
「元王は私の兄にあたる。私達は三人兄弟で元王は次男になり、儂は末っ子だった。本来、王になるのは長男だったが、その長男は病で亡くなり王位は次男が継ぐことになった。だが、本当の話は長男は病気ではなかった。次男は長い期間に少量の毒をもられていたのだ。長男はみるみる毒にやられ弱っていった。だが、誰も次男を疑いはしなかった。当然だ、儂らは兄弟だからな。次男を問い詰める者はいなかった。次男が王になって暫くして、儂の妻が兄の死を疑った。妻は儂に兄の死を調査すべきだと言った。儂には妻が何を言っているのか分からなかったが、妻は王妃が長男を殺すようそそのかしているのを目撃していた。次男は断っていたから最初は本気にしていなかったが、今思えば長男の体調が悪化したのはその後だと分かった。王妃は次男に長男と私とどちらが大事なのか迫ったそうだ。次男は妻と答えると、妻はならば兄を殺害するよう迫った。そして次男を王にしようとしたのだ。あの女は地位を欲するあまりに残酷にも兄弟殺しをさせたのだ。だから儂は兄(長男)の死因を次男に内緒で医者に調べさせた。検死の結果毒殺だと分かると、儂は王(次男)を捕らえるよう兵士に命令した。王は抵抗しなかった。この牢獄に捕われ儂はそこで兄を問い詰めた。エルフ同士に嘘は通用しない。だが、兄の答えに偽りはなかった。殺したのは王妃(次男の妻)だったのだ。王妃は裁判にかけられ処刑が決まった。兄はまだ自分には王としての権限があると言い、その王妃に恩赦を与えようとした。だが、重犯罪に恩赦は出せない決まり。儂は兄が王妃の為に処刑を邪魔するだろうと考え、処刑が終わるまで兄を牢獄に捕らえたままにした。だが、そこで兄は妻を助ける為に破滅の道を選んだ。牢獄から力強くで抜け出すと、止めようとする兵を倒し自分の妻を逃した。幸い死者は出なかったがこれで兄も無事では済まなくなった。兄のしたことは長男を殺害した女を逃したことになる。だが、兄を捕らえる牢獄はもうない。そこで追放というかたちをとった。これで兄は王では無くなり、二度とエルフの地に踏み入れることを禁じられた。儂が王についたのはその後のこと。それから少し経った後、他の地で兄が何かを企んでいる風の噂を耳にした。いや、いつから企んでいたかは今になっては分からんな。とにかく伝説の生物を狙いだしたのもその頃からだ。エルフには古い文献がある。そこには伝説の生物について記述された文献も含まれているが、それは王族のみに読むことが許される書物。恐らく兄はそれを読んだのだろう。自分が追放されたことでエルフの地に縛られず自由にさせたことで兄はむしろ目的に邁進している」
「それにはなんて書かれてあったんですか?」
「伝説の生物とは青龍、白虎、玄武、麒麟、そして朱雀を指している。青龍と白虎は『龍の巣』の地に、玄武はエイドス、麒麟はテロスの国にいたがテロスが負けてからは不明だな」
「麒麟はエルフの地にいるんじゃないの?」
「エルフの地にはいない。儂の知る限りでは麒麟は北半球、氷の大地に向かった筈だ。だが、その後は知らん。エルフは風や鳥を頼りにエルフの外の状況を知る。テロスや人間のようなハイテクなど使わずとも知る手段はある。だが、あの地は鳥もいなければ、此方の風も届かない」
「まさか北へ!? いや、エルフはテロスが敗北した後麒麟を確保したんじゃ」
「麒麟はどこにでも移動できる。あれを捕らえるのは不可能だ。麒麟の足は分身体とは違い移動は一瞬。テロスは麒麟に餌を与え、麒麟は分身体をテロスに使わせた。言わば契約状態だったが、テロスが敗れたと知った麒麟はテロスから姿を消した。さて、麒麟の餌だが何だと思う? 他の生物のように生き物や植物などではない。麒麟の餌は特殊なものだ。そして、麒麟は氷の大地に向かった」
「氷じゃないよね……」
「ガスだ」
「ガス?」
「そうだ。地震によって氷の大地に亀裂が走り、そこからガスが漏れ出た。麒麟はそれに向かった。因みに青龍が龍の巣に居座っていたおかげで人間が発明しメルトダウンを起こし石棺のある死んだ地の放射線量は減少したのはそれが青龍の餌だったからだ。青龍は植物のように吸収し、それをエネルギーにしていた。理屈は分からんが、結果としてあの地上はほぼ安全となっている」
「それじゃエルフは麒麟とは関係ないってこと?」
「そもそもエルフは森から、我々の仲間から離れたりはしない。それは、外には恐怖が待っているからだ。我々エルフが他種族と距離を保ってきたのもそれが良いという考えからだ。逆に近づくものをこうして捕らえ罰することで我々は守ってきたのだ。だから儂らがテロスに向かい麒麟を確保しようとはしない。もし、エルフが森の外にいたというなら、恐らくそのエルフは追放された者達だろう」
「他にも追放されたエルフが?」
王は頷いた。
「理由は様々だ」
「それで……私はこれからどうなるの?」
「もし、エイドスが兄の凶行を止めてくれるならお前を解放してやろう」
それを訊いて看守は驚き「それはなりませんぞ、王!」と声をあげた。
「書物には伝説の生物は四種族がこの地に現れた時にほぼ同時に出現した。その伝説の生物が全て倒された時」その後に発せられたエルフの王の言葉に女は絶句した。
「エルフの森は言わば来たる驚異から逃れる為の結界。そして、その地に他の種族を受け入れる余裕はない。元王のすることはその驚異を早めているに過ぎない」
「何故それを早く言わなかったの!?」
「言えば混乱が起き、この地に侵入者が増える。だが、儂は考え直したのだ。この地の結界をもっても来たる驚異はこえられないのではないかと。驚異は既に迫っている。二体、二体がやられたのだ。その結果、氷の大地では地震が連続して起き、亀裂が起きている。このままいけば氷の大地からアレが現れ出す。伝説の生物全てを倒さずとも、あと一体倒せば恐らくあの氷の大地は完全に割れるだろう。儂らよりずっと昔にこの地に落ちたアレが現れる。神はあれを古くから封じる為に長い氷河期で氷の大地を築き封じていたアレを人間がもたらした温暖化で氷の大地が溶け始めたから、神は儂ら四種族と別に伝説の生物、青龍達をこの地で守護させたのだ」
〈おさらい〉
人間が主権を握る世界が四種族の登場により人間の時代は終わり、人間は国を失い、人間を上回る知的生命体の時代に突入。その後、人間は人権を得る為には自分達の国を取り戻す必要があるとし、レジスタンスを中心にヒュレーとテロスの戦争中を利用し、テロスの中枢を攻撃、成功した人間は人間国を建国。だが、その人間の時代の前に恐ろしい時代があり、それは氷河期で氷の大地の下に封じられた